曲目・歌詞解説

若菜|歌詞の意味・松浦検校・正月の若菜摘みを解説

曲目・歌詞解説一覧へ

「若菜」は、正月の若菜摘みを題材にした地歌箏曲です。

曲名は「わかな」と読みます。三絃作曲は松浦検校箏手付八重崎検校、作詞は大坂の前田某とされる京流手事物です。若菜摘みの初々しい情景、春風、鶯、乙女たちの姿、梅が枝にさえずる鳥の声が、明るくのびやかな春の気分として描かれます。

「若菜」は、松浦検校の作品の中でも、春らしい穏やかさを持つ曲です。正派邦楽会の録音資料でも、「若菜」は作詞を前田某、作曲を松浦検校・八重崎検校として収録されています。

「若菜」の基本情報

項目内容
曲名若菜
読みわかな
分類地歌・箏曲、京流手事物
作詞前田某
三絃作曲松浦検校
箏手付八重崎検校
主な編成歌・三絃、箏、尺八など
三絃調弦二上り
箏調弦平調子
構成前歌・手事中チラシ本チラシ・後歌
主題正月、若菜摘み、春風、鶯、乙女、梅、千歳の祝意

コトバンクでは、「若菜」を松浦検校作曲、八重崎検校箏手付、大坂の前田某作詞の京流手事物とし、正月子の日の若菜摘みを歌った曲と説明しています。また、構成を「前歌-手事・中チラシ・本チラシ-後歌」とし、三弦は二上り、箏は平調子としています。

「若菜」とは

「若菜」は、初春の若菜摘みを明るく歌った曲です。

若菜とは、春先に芽を出す若い菜のことです。古くは正月の行事として、野に出て若菜を摘み、それを食べることで新しい生命力をいただくという考えがありました。のちには、人日、つまり正月七日の七草粥とも結びついていきます。

地歌「若菜」では、そうした正月の若菜摘みが、祝意を含んだ春の風景として描かれています。

歌詞には、年が明けてまだ幾日もたたないころ、笹竹に春風がそよぎ、鶯が喜びの声をあげ、乙女たちが連れ立って若菜を摘む情景が現れます。

恋や遊里の情緒を濃く描く曲とは違い、「若菜」は新春のめでたさ、若々しさ、自然の息吹を中心にした曲です。

若菜の歌詞

年はまだ、
幾日も経たぬ笹竹に、
今朝そよそよの春風を、
我が知り顔に鶯の、
百百喜びの音をたてて。

うたひ連れ立ち乙女子が、
摘むや千歳の初若菜、
若菜摘む手の柔しさに、
梅が枝に囀づる百百千鳥、
声そへば色さへ音さへめでたき。

※歌詞には譜本や流派によって、「経たぬ/たたぬ」「笹竹/ささ竹」「そよそよ/そよさらに」「乙女子/乙女ご」「柔しさ/やさしさ」「囀づる/さえづる」「百百千鳥/百千鳥」などの表記差があります。本記事では使用譜の表記に合わせます。

上記は、今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』を底本とする公開詞章に基づく形です。

歌詞全体の意味

年が明けてから、まだ幾日もたっていません。

笹竹には、今朝の春風がそよそよと吹いています。その春の訪れを、自分こそ知っていると言わんばかりに、鶯が喜びの声をあげています。

乙女たちは歌いながら連れ立ち、千年のめでたさを込めた初若菜を摘みに出かけます。

若菜を摘む手つきは、やわらかく優美です。

梅の枝では、多くの鳥たちがさえずっています。その声が加わることで、春の色も、鳥の音も、いっそうめでたく感じられます。

この歌詞は、難解な物語を追うというより、正月の野辺に広がる春の気配を、香り・風・声・色で楽しむ内容です。

曲名「若菜」の意味

「若菜」は、春先に芽を出す若い菜を指します。

古くは、正月の子の日に野に出て、小松を引いたり若菜を摘んだりする行事がありました。若菜は、新年の生命力、若返り、長寿への願いと結びつく植物です。

この曲で歌われる若菜は、単なる食用の草ではありません。

年が改まり、春が来て、若い草が芽を出す。その生命の新しさを、人々が喜び、祝うものです。

そのため、曲名の「若菜」には、

  • 新春の若々しさ
  • 正月のめでたさ
  • 千歳を祝う長寿の願い
  • 乙女たちの初々しさ
  • 春の野辺の生命感

が重ねられています。

「年はまだ、幾日も経たぬ」

冒頭では、年が明けて間もないことが示されます。

「年はまだ、幾日も経たぬ」とあるため、季節は正月の早い時期です。

春といっても、爛漫の春ではありません。

梅が咲き、鶯が鳴き始め、若菜を摘むころの、初々しい春です。

この曲の春は、桜が咲き満ちる華やかな春ではなく、新年の清新な春として描かれています。

「笹竹に、今朝そよそよの春風を」

笹竹に、今朝の春風がそよいでいます。

笹竹は常緑で、正月の飾りや祝意とも結びつきやすい植物です。

そこに春風が吹くことで、年の初めに新しい季節が動き出したことが感じられます。

「そよそよ」という音の響きも重要です。

強い風ではなく、やわらかく軽い風です。

曲全体ののどかで春らしい性格が、この一節によく表れています。

「我が知り顔に鶯の」

鶯は、春を告げる鳥です。

ここでは、鶯が「自分こそ春の訪れを知っている」と言わんばかりに鳴いています。

「我が知り顔に」という言葉によって、鶯が少し得意げに、春の到来を知らせているように感じられます。

春の曲では、鶯はしばしば季節の案内役として登場します。

「若菜」でも、鶯の声によって、まだ早い春がはっきりと意識されます。

「百百喜びの音をたてて」

「百百」は、数が多いことを表します。

鶯の声は一羽の鳴き声であっても、そこには数多くの喜びがこもっているように聞こえます。

「音をたてて」とあるため、春は目で見るだけでなく、音としても現れます。

笹竹にそよぐ春風、鶯の声、そして後半の鳥のさえずり。

「若菜」は、春の音の曲でもあります。

「うたひ連れ立ち乙女子が」

ここで、人の姿が現れます。

乙女たちが歌いながら連れ立って、野へ出ていきます。

若菜摘みは、一人で黙々と行う作業ではなく、春の野に集い、歌いながら行う祝祭的な行為として描かれています。

若い女性たちの姿は、若菜そのものの初々しさとも重なります。

新春の若い草と、若い乙女たち。

この重なりによって、曲全体に明るく清らかな雰囲気が生まれます。

「摘むや千歳の初若菜」

「初若菜」は、その年初めて摘む若菜です。

「千歳」は、千年の長さを表す祝いの言葉です。

つまりこの一節は、単に若菜を摘む場面ではなく、長寿や繁栄を願うめでたい場面です。

若菜は、初春の草であると同時に、新しい年の命を象徴します。

それを摘む行為には、春の生命力を身に取り入れる意味が感じられます。

「若菜摘む手の柔しさ」

若菜を摘む乙女たちの手のやわらかさが歌われます。

ここでは、動作の美しさが重要です。

若菜は柔らかな草です。

それを摘む手もまた、柔らかく優しい。

草の若さと、手つきの優美さが一つになっています。

この部分には、地歌らしい繊細な視線があります。大きな出来事ではなく、若菜を摘む手元のやさしさに美を見出しています。

「梅が枝に囀づる百百千鳥」

梅の枝では、多くの鳥がさえずっています。

「百百千鳥」は、たくさんの鳥、さまざまな鳥の声を表す言葉として読むとよいです。

梅は早春を代表する花です。

若菜、梅、鶯、千鳥の声が重なることで、春の野辺は視覚的にも聴覚的にも華やぎます。

ここでの鳥の声は、乙女たちの歌声とも響き合っています。

自然の声と人の声が一つになり、春のめでたさを高めています。

「色さへ音さへめでたき」

結びでは、春の色も、鳥や歌の音も、すべてがめでたいと歌われます。

「色」は、若菜の緑、梅の花、春の景色を表します。

「音」は、春風、鶯、鳥のさえずり、乙女たちの歌声を表します。

色と音の両方がそろうことで、若菜摘みの情景は完成します。

この曲は、悲恋や追憶の曲ではありません。

最後まで、新春の明るさ、祝意、自然と人が調和するめでたさを保っています。

若菜摘みと正月行事

若菜摘みは、正月の行事として古くから知られていました。

平安時代の宮廷行事では、正月の子の日に小松を引いたり、若菜を摘んだりする風習がありました。若菜を羹にして食べることも行われ、のちに正月七日の七草粥と結びついていきます。

「若菜」の歌詞にある「千歳の初若菜」は、こうした正月の祝いとよく合います。

若菜を摘むことは、ただ季節を楽しむだけでなく、長寿や繁栄を願う行為でもあります。

そのため、この曲は春の叙景曲であると同時に、祝言性を含む曲としても味わうことができます。

声明風の歌い方

「若菜」の特徴として、前歌の初めに母音を伸ばした歌い方があり、声明を取り入れたものといわれます。コトバンクでも、この点が「若菜」の特徴として説明されています。

声明は、仏教儀礼で唱えられる声楽です。

「若菜」は正月の明るい題材を持つ曲ですが、冒頭に声明風の響きが入ることで、単なる軽い春の歌ではなく、どこか改まった格調も生まれます。

新年の清らかさ、祝意、祈りのような気分が、声の伸びによって表されます。

前歌と後歌の旋律的な特徴

「若菜」は、前歌および後歌の最後で、歌と三絃が同じ旋律になる点も特徴とされています。

歌と三絃が同じ動きをすることで、言葉と楽器が強く結びつきます。

若菜摘みの場面を、歌だけが語るのではなく、三絃が一緒に支える形になります。

このような特徴は、演奏する際にも意識しておきたい点です。

歌と三絃が合うところでは、言葉の意味と旋律のまとまりがはっきり聞こえるように整えると、曲の品位が出ます。

手事の特徴

「若菜」は、前歌・手事・中チラシ・本チラシ・後歌から成る手事物です。

手事は、歌詞を離れて三絃や箏が器楽的に展開する部分です。

「若菜」の手事は、「八重衣」の手事に影響を与えたと説明されます。また、チラシは「新浮舟」のチラシと合うともいわれます。

これは、「若菜」が単なる春の小品ではなく、手事物として重要な器楽的内容を持つ曲であることを示しています。

歌詞は明るく短めですが、手事によって曲は大きく広がります。

曲の構成

「若菜」は、大きく次のように捉えると分かりやすいです。

  1. 前歌
  2. 手事
  3. 中チラシ
  4. 本チラシ
  5. 後歌

前歌

前歌では、年が明けて間もない初春、笹竹に吹く春風、鶯の声、乙女たちの若菜摘みが歌われます。

曲全体の清新な雰囲気を作る部分です。

声明風の母音を伸ばす歌い方が出ることもあり、祝意を含んだ改まった響きが感じられます。

手事

手事では、歌詞から離れて器楽的に展開します。

若菜摘みののどかさ、春風のそよぎ、鶯や鳥の声、乙女たちの軽やかな動きが、三絃と箏の掛け合いによって広がります。

中チラシ

中チラシでは、手事の動きがさらに細やかになり、春の明るさや鳥の声を思わせるような変化が生まれます。

チラシという名の通り、曲に軽やかな動きと彩りを与える部分です。

本チラシ

本チラシでは、器楽的な展開がさらにまとまり、後歌へ向かいます。

「若菜」は春らしい穏やかな曲調とされますが、チラシでは手事物としての聴きごたえも出てきます。

後歌

後歌では、若菜を摘む手のやさしさ、梅が枝にさえずる鳥の声、色も音もめでたい春の情景が歌われます。

曲は、春の生命力と祝意を保ったまま結ばれます。

三絃の役割

三絃は、歌詞の言葉と手事の骨格を支えます。

「若菜」は二上りとされ、春らしい明るさとのどかさを出しやすい曲です。

前歌では、笹竹にそよぐ春風、鶯の声、乙女たちの姿を、重くしすぎず端正に運びます。

手事では、春の野辺の動きや、若菜摘みの軽やかさを支えます。

後歌では、「色さへ音さへめでたき」という結びへ向かって、明るくめでたい余韻を作ります。

箏の役割

箏は八重崎検校の手付とされます。CiNii Booksに登録されている正派公刊箏曲楽譜でも、「三絃原作、松浦検校」「筝手附、八重崎検校」「前田某作歌」として整理されています。

箏は、三絃の旋律を単になぞるだけではありません。

平調子の響きによって、初春の清らかさ、梅や若菜の色、鳥の声の明るさを加えます。

「若菜」は、しっとりとした情緒よりも、のどかで祝意のある春の雰囲気が大切です。箏はその明るさを支える役割を持ちます。

尺八の役割

尺八を加えた三曲合奏では、尺八は春の空気を息の線で補います。

「若菜」は、強く劇的に吹き上げる曲ではありません。

笹竹を渡る春風、鶯の声、若菜を摘む乙女たちの動きに寄り添うように、やわらかい息を使うと曲の性格に合います。

特に手事では、三絃と箏の細かな動きを覆わず、春風のように自然に流れることが大切です。

演奏するときのポイント

新春の清らかさを出す

「若菜」は、春の盛りではなく、年が明けて間もない初春の曲です。

大きく華やかにしすぎるより、清新で改まった雰囲気を大切にします。

鶯の喜びを明るく表す

鶯は、春を知らせる存在です。

「我が知り顔に」「百百喜び」とあるため、ただ静かに鳴くのではなく、春の到来を喜ぶ明るさが必要です。

乙女たちの動きを軽やかにする

若菜摘みは、重い労働ではなく、春の野に出る楽しい行事として描かれています。

歌も器楽も、重く沈ませず、やわらかく軽やかに扱います。

祝意を忘れない

「千歳の初若菜」とあるように、この曲には新年を祝う意味があります。

単なる季節描写ではなく、長寿や繁栄を願う祝言性を含めて演奏すると、曲の格が出ます。

手事をのどかに、しかし平板にしない

「若菜」は春らしいのどかな曲調が好まれると説明されます。

ただし、のどかさだけで平板になると、手事物としての面白さが薄れます。

春風、鳥の声、乙女たちの動きを思わせるように、音の流れに表情をつけます。

「若菜」の聴きどころ

  • 年明け間もない初春の清らかさ
  • 笹竹にそよぐ春風
  • 春を知らせる鶯の喜びの声
  • 歌い連れ立つ乙女たちの若菜摘み
  • 「千歳の初若菜」に込められた祝意
  • 若菜を摘む手のやさしさ
  • 梅が枝にさえずる鳥の声
  • 色と音がそろう春のめでたさ
  • 声明風とされる前歌冒頭の歌い方
  • 手事・中チラシ・本チラシによる器楽的展開

まとめ

「若菜」は、前田某作詞、松浦検校作曲、八重崎検校箏手付による地歌・箏曲です。

正月の若菜摘みを題材とした京流手事物で、年明け間もない初春、笹竹にそよぐ春風、鶯の喜びの声、乙女たちが摘む初若菜、梅が枝にさえずる鳥の声が歌われます。

曲には、新春の清らかさ、若菜の生命力、千歳を祝うめでたさが込められています。

また、前歌冒頭の声明風とされる歌い方、手事・中チラシ・本チラシを持つ構成、手事が「八重衣」に影響を与えたとされる点など、手事物としても注目すべき特徴があります。

演奏を聴く際は、春の野辺の明るさだけでなく、正月行事としての祝意、鶯や鳥の声、若菜を摘む乙女たちのやわらかな動き、そして手事に広がるのどかな春の気分にも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。