曲目・歌詞解説

融|歌詞の意味・石川勾当・源融の亡霊と月を解説

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「融」は、能「融」を題材に、陸奥の塩竈を写した京都・六条河原院の跡で、源融(みなもとのとおる)の亡霊が月の光とともに舞い、やがて月の都へと消えゆく幻想的な情景を描いた、地歌箏曲京流手事物・謡い物です。

曲名は「とおる」と読みます。三絃作曲は石川勾当、箏手付はのちに市浦検校が行ったもので、幕末に成立した曲です。「伏見物」とも呼ばれています。石川勾当の代表作である「青柳」「八重衣」とあわせて「石川の三つ物」のひとつに数えられています。

謡曲「融」(世阿弥作)の終わりの部分を歌詞としており、曲全体にわたって幻想的な月のイメージが貫かれている点が、この曲の大きな特徴です。

「融」の基本情報

項目内容
曲名
読みとおる
別名伏見物
分類地歌・箏曲、京流手事物、謡い物
三絃作曲石川勾当
箏手付市浦検校
主な編成歌・三絃、箏(尺八を加えた三曲合奏の演奏例もある)
構成前弾-前唄-手事-中唄-手事-後唄
成立幕末
主題源融の亡霊が、かつての栄華をしのびながら月の光とともに舞う幻想的な情景

「融」は京都の石川勾当が作曲した三絃の大曲で、のちに市浦検校が箏の手を付けました。謡曲「融」の終わりの部分を詞章とした、複雑な手事物形式の地歌です。手事は二か所に置かれ、伝承によっては後の手事のみを演奏する場合もあります。

「融」とは

「融」は、能「融」(世阿弥作)を題材にした地歌です。

謡曲「融」は、嵯峨天皇の皇子であった源融(河原左大臣)が、京の六条河原院に、陸奥の塩竈の浦を模した壮麗な庭園を築いて風雅を楽しんだという故事を題材にしています。荒れ果てた邸のあとを訪れた旅の僧の前に、汐汲みの老人(実は融の亡霊)が現れ、かつての栄華を語ったのち、名月の夜、在りし日の姿で現れて舞を舞い、明け方、月の都へと消えていくという幻想的な筋立てです。なお源融は、『源氏物語』の光源氏のモデルの一人ではないかとも言われる人物です。

この地歌「融」では、そうした謡曲の終わりの部分――名月の下での舞と、月の都へと消えゆく結び――が歌詞として取り上げられています。

融の歌詞

あの籬が島の松陰に、明月に舟を浮かべ、月宮殿の白衣の袖も、

三五夜中の新月の色、千重振るや、雪を廻らす雲の袖。

さすや桂の枝々に、光を花と散らす粧ひ。

ここにも名に立つ白河の、波の、あら面白や曲水の盃、

うけたりうけたり遊舞の袖。(手事)

あら面白の遊楽や。そも明月のその中に、まだ初月の宵々に、

影も姿も少なきは、如何なる謂はれなるらん。それは西岫に、

入り日の未だ近ければ、その影に隠さるる、たとえば月のある夜は、

星の薄きがごとくなり、青陽の春の始めには、霞む夕べの遠山、

眉墨の色に三日月の、影を舟にもたとへたり。

また水中の遊魚は、釣り糸とも疑ふ、雲上の飛鳥は、弓の影とも驚く、

一輪も降らず、万水も昇らず、鳥は地辺の樹に宿し、

魚は月下の波に伏す。聞くとも飽かじ秋の夜の、鳥も鳴き、(手事)

鐘も聞こえて、月もはや、影傾きて明け方の、雲となり雨となる。

その光陰に誘はれて、月の都に、入り給ふ粧ひ、

あら名残惜しの面影や、あら名残惜しの面影や。

※本記事の歌詞は、ユーザー様よりご提供いただいた詞章を底本としています。譜本や流派によって表記が異なる場合があります。

歌詞全体の意味

あの籬が島(まがきがしま)の松陰に、名月の下で舟を浮かべると、月宮殿(月の宮殿)に住む天女の白い衣の袖のように、十五夜の月の光が美しく輝いています。幾重にも翻る、雪を巡らすような雲の袖にも似た舞。

桂の枝々に差し込む光を花のように散らす、美しい装い。ここにもまた名高い白河の波――ああ、なんと面白いことでしょう、曲水の宴の盃を、受けては受けては、舞い遊ぶ袖よ。

(手事)

ああ、なんと面白い遊びでしょう。そもそも名月といっても、まだ月の出はじめの宵々には、月の光も姿も少ないのは、どのようなわけがあるのでしょうか。それは、月が西の山の端に近く、入り日の名残がまだ近いために、その光に隠されてしまうからです。たとえば月のある夜は、星の光が薄くなるのと同じ道理です。春の初めには、夕暮れの遠山が霞み、眉墨のような色をした三日月の姿を、舟にたとえたりもします。

また、水中を泳ぐ魚は、月の光を釣り糸かと疑い、空を飛ぶ鳥は、弓の影かと驚きます。一輪の月も降りることはなく、幾多の水面もまた昇ることはありませんが、鳥は地に近い樹にねぐらを取り、魚は月の光が映る波の下に伏します。聞いても飽きることのない秋の夜、鳥も鳴き、

(手事)

鐘の音も聞こえて、月もはや影を傾け、明け方の空は雲となり雨となっていきます。その移りゆく月日に誘われるように、(源融の亡霊は)月の都へとお入りになる姿――ああ、名残惜しいその面影よ、ああ、名残惜しいその面影よ。

曲名「融」の意味

「融」は、この曲の題材となった能の主人公、源融(みなもとのとおる)の名にちなむ曲名です。

嵯峨天皇の皇子であった源融は、京の六条河原院に、陸奥の塩竈の浦を模した庭園を築いたと伝えられる、平安時代の貴公子です。その亡霊が、名月の夜に在りし日の姿で現れ、舞を舞ったのち、月の都へと消えていくという幻想的な物語が、そのまま曲名になっています。

曲名には、

  • 源融という、平安貴族の風雅への憧れ
  • 名月の下で繰り広げられる、幻想的な舞
  • 月の満ち欠けの理(ことわり)を説く、教養豊かな詞章
  • 月の都へと消えゆく、名残惜しい結び

といった意味が重ねられています。

「あの籬が島の松陰に明月に舟を浮かべ月宮殿の白衣の袖も三五夜中の新月の色千重振るや雪を廻らす雲の袖さすや桂の枝々に光を花と散らす粧ひここにも名に立つ白河の波のあら面白や曲水の盃うけたりうけたり遊舞の袖」

前唄では、名月の下、籬が島の松陰に舟を浮かべる幻想的な情景から、源融の亡霊による舞が歌われます。

「月宮殿」「三五夜中の新月」は、いずれも月にまつわる雅な言葉です。「桂」は、月に生えるという伝説上の桂の木にちなむ表現で、月光を花に見立てる美しい描写が続きます。「曲水の盃」は、庭園の遣水(やりみず)に盃を浮かべて詩歌を詠む、優雅な遊びを指します。

「あら面白の遊楽やそも明月のその中にまだ初月の宵々に影も姿も少なきは如何なる謂はれなるらんそれは西岫に入り日の未だ近ければその影に隠さるるたとえば月のある夜は星の薄きがごとくなり青陽の春の始めには霞む夕べの遠山眉墨の色に三日月の影を舟にもたとへたり」

中唄では、月の満ち欠けの理を説く、教養豊かな一節が歌われます。

月が満ちる前の宵に光が少ない理由や、三日月を舟にたとえる古典的な比喩など、月にまつわる知的な言葉遊びが展開します。謡曲の詞章らしい、格調高い漢文調の言い回しが特徴です。

「また水中の遊魚は釣り糸とも疑ふ雲上の飛鳥は弓の影とも驚く一輪も降らず万水も昇らず鳥は地辺の樹に宿し魚は月下の波に伏す聞くとも飽かじ秋の夜の鳥も鳴き」

続く一節では、月の光と、水中の魚・空の鳥との関わりが、対句を用いて歌われます。

月の光を釣り糸と見紛う魚、弓の影と見紛う鳥という、漢詩文的な発想を踏まえた対句表現が印象的です。実際には月は一つしかなく、水面に昇り降りするものではないという理を説きながら、聞き飽きることのない秋の夜の風情が描かれます。

「鐘も聞こえて月もはや影傾きて明け方の雲となり雨となるその光陰に誘はれて月の都に入り給ふ粧ひあら名残惜しの面影やあら名残惜しの面影や」

結びでは、夜明けとともに、源融の亡霊が月の都へと帰っていく場面が歌われます。

鐘の音が聞こえ、月が傾き、夜明けの空が雲となり雨となっていく中、亡霊はその移りゆく時とともに、月の都へと姿を消していきます。「あら名残惜しの面影や」の繰り返しが、幻想的で余韻の深い結びとなっています。

手事の特徴

「融」の手事は二段から成り、いずれも技巧的な聴かせどころです。伝承によっては、後の手事のみを演奏する場合もあります。

京流手事物・謡い物らしい、格調高く幻想的な器楽的展開が特徴で、名月の下での舞の情景を、器楽の技巧によって描き出します。

曲の構成

「融」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。

  1. 前弾
  2. 前唄
  3. 手事
  4. 中唄
  5. 手事
  6. 後唄

前唄

前唄では、名月の下、籬が島の松陰での舟遊びと、源融の亡霊による舞が歌われます。

中唄

中唄では、月の満ち欠けの理を説く、教養豊かな一節が歌われます。

後唄

後唄では、夜明けとともに、源融の亡霊が月の都へと消えていく、名残惜しい結びが歌われます。

他の曲との関連

「融」は、石川勾当の代表作である「青柳」「八重衣」とあわせて「石川の三つ物」と呼ばれています。また、「伏見物」の別名でも呼ばれます。同じ石川勾当の作品として、あわせて聴き比べると、その作風への理解がより深まります。

演奏するときのポイント

幻想的な月の情景を丁寧に描く

この曲は全体を通して、月にまつわる幻想的なイメージが貫かれています。単なる叙景にとどまらず、亡霊が舞う幻想性を意識して演奏することが大切です。

教養豊かな漢詩文調の一節を格調高く

中唄の月の理を説く一節は、謡曲らしい格調高い漢詩文調の言い回しが特徴です。教養を感じさせる、品格のある歌い口が求められます。

名残惜しい結びの余韻を大切に

結びの「あら名残惜しの面影や」の繰り返しは、この曲の大きな聴かせどころです。月の都へと消えゆく亡霊の名残惜しさを、余韻を持って描くことが大切です。

「融」の聴きどころ

  • 籬が島の松陰、名月の下での幻想的な舟遊びの情景
  • 月宮殿や桂の枝にたとえられる、雅な月光の描写
  • 曲水の盃に興じる、優雅な遊舞の袖
  • 月の満ち欠けの理を説く、教養豊かな中唄
  • 魚と鳥を対句で描く、漢詩文的な発想
  • 夜明けとともに月の都へ消えゆく、幻想的な結び
  • 「石川の三つ物」「伏見物」としての、石川勾当・市浦検校の作風

まとめ

「融」は、石川勾当作曲、市浦検校箏手付による地歌・箏曲の京流手事物・謡い物です。

能「融」を題材に、源融の亡霊が名月の下で舞い、夜明けとともに月の都へと消えていく幻想的な情景を、格調高い詞章で描いています。「青柳」「八重衣」とあわせて「石川の三つ物」のひとつに数えられ、「伏見物」とも呼ばれる、由緒ある一曲です。

演奏を聴く際は、名月の下での幻想的な舞、月の理を説く教養豊かな中唄、そして月の都へと消えゆく名残惜しい結びにも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。