斗・為・巾とは何なのか?|箏の11・12・13番目の絃に数字を使わない理由

斗為巾とは
「斗為巾」は「と・い・きん」と読み、十三絃箏の11番目から13番目までの三本の絃をまとめて表す名称です。
十三絃箏の絃は、演奏者から見て遠い側から順に、次のように呼ばれます。
| 順番 | 絃名 | 読み |
|---|---|---|
| 1〜10 | 一・二・三・四・五・六・七・八・九・十 | いち〜じゅう |
| 11 | 斗 | と |
| 12 | 為 | い |
| 13 | 巾 | きん |
どうして十一・十二・十三と呼ばないのか
十三本あるなら、「一」から「十三」まで数字で呼べば分かりやすいように思えます。それでも最後の三本だけが斗・為・巾になっているのは、箏の絃名が途中で数字式に変化したためです。
箏の絃には、かつて次のような名称が用いられていました。
仁・智・礼・義・信・文・武・翡・闌・商・斗・為・巾
読み方は一般に、次のように示されます。
じん・ち・れい・ぎ・しん・ぶん・ぶ・ひ・らん・しょう・と・い・きん
現在のように最初の十本を数字で表すようになったあとも、最後の「斗・為・巾」だけは古い名称が残りました。
「十一」では楽譜上の意味が曖昧になる
斗・為・巾が残された理由として、よく説明されるのが楽譜上の混同です。
たとえば「十一」と書いた場合、次の二通りに読める可能性があります。
- 第十一絃を一本だけ弾く
- 第十絃と第一絃を同時に弾く
同様に「十二」も、第十二絃なのか、「十」と「二」の合奏・同時奏なのかが分かりにくくなります。
そこで、十より上の絃には従来の固有名である斗・為・巾を残せば、楽譜上で区別できます。
- 十+一=「十」と「一」
- 第十一絃=「斗」
- 第十二絃=「為」
- 第十三絃=「巾」
非常に合理的な仕組みです。
ただし、「混同を避けるために斗為巾だけが残った」という説明は、現在広く紹介されている有力な説明です。いつ、誰がこの変更を決めたのかまで明確に示す史料が常に提示されているわけではないため、歴史的経緯としては「このように伝えられている」と捉えるのが慎重です。
斗為巾という言葉は平安時代の資料にも見える
斗為巾は、近世の生田流や山田流で新しく作られた呼び方ではありません。
『精選版 日本国語大辞典』では、「斗為巾」の用例として平安時代中期に成立した『和名類聚抄』、いわゆる『和名抄』が挙げられています。
そこでは斗為巾について、十三絃の箏では第十一・第十二・第十三絃、七絃琴では第五・第六・第七絃を指す名称として説明されています。コトバンク「斗為巾」
少なくとも「斗・為・巾」という絃名の組み合わせは、現代の箏曲よりはるかに古い時代まで遡ることができます。
一方、現在の十三絃箏の絃名が、いつ完全に「一〜十・斗・為・巾」という形へ統一されたのかについては、時代や箏の系統、記譜法の変化を含めた検討が必要です。
古い十三の絃名には意味があるのか
古い絃名のうち、「仁・智・礼・義・信」は儒教的な徳目を思わせます。「文・武」も、中国の礼楽思想や文武の徳と結び付けて理解しやすい文字です。
そのため十三の文字全体を、人が徳を積み、学問や音楽を修める過程として解釈する説明もあります。
しかし、ここで注意したいのは、現代に伝わる教訓的な意味付けと、絃名が成立した当初の語源が必ずしも同一とは限らないことです。
特に「翡・闌・商・斗・為・巾」については、文字を現代日本語の意味だけでつなぎ、一つの物語として断定するのは慎重であるべきでしょう。
斗は「ます」や「ひしゃく」、為は「行為」「なす」、巾は「布」などの意味を持つ漢字です。しかし、箏の絃名として使われる場合、それぞれの字義をそのまま音楽的な意味へ置き換える必要はありません。
斗・為・巾は、まず歴史的に受け継がれてきた絃の固有名と考えるのが適切です。
「上三弦」とはどういう意味か
辞書では、斗為巾を「十三絃の箏の上三弦」と説明することがあります。
これは十三本のうち、番号上で最後に位置する三本という意味です。一般的な調弦では高い音域を受け持つことが多いものの、「斗・為・巾」という名称自体が一定の音高を保証するわけではありません。
箏では調弦によって各絃の音程が変わり、曲中で柱を動かして転調する場合もあります。したがって、斗為巾は「必ず決まった三音を出す高音絃」ではなく、「演奏者に近い側にある第十一〜第十三絃」と理解すると正確です。
巾の絃だけ柱の形が違うことがある
演奏者に最も近い第十三絃「巾」は、箏の端に位置しています。
この位置では通常の柱を置くための余裕が少なくなるため、巾専用の「巾柱」が使われることがあります。巾柱は一般的な柱と形や重心が異なり、狭い位置にも立てやすいように作られています。
「巾柱」という名前の「巾」は、幅が狭いという意味で付いた名称ではなく、基本的には巾の絃に用いる柱であることを示しています。
斗為巾を知ることは、単なる絃の呼び方だけでなく、箏の構造や柱の使い分けを理解することにもつながります。
楽譜ではどのように書かれるのか
箏の縦譜では、基本的に弾く絃を示す文字が並びます。
「七」と書かれていれば七の絃、「斗」と書かれていれば斗の絃を弾きます。流派や楽譜によって、文字の周囲に奏法を示す記号が加えられます。
たとえば斗・為・巾にも、次のような奏法が組み合わされます。
- 押し手
- 後押し
- 引き色
- 合わせ爪
- 掻き爪
- 連
- スクイ爪
- トレモロ
したがって、楽譜を読む際には「巾だからこの音」と暗記するのではなく、最初に調弦表を確認し、そのうえで絃名と奏法記号を読む必要があります。
「コロリン」と斗為巾の関係
箏の代表的な口三味線の一つに「コロリン」があります。
沢井忠夫作曲《Kのための斗為巾》の作曲者解説では、平調子において斗・為・巾を逆向きの「巾・為・斗」の順に弾くことで得られる音型が、箏らしい響きを持つ「コロリン」であると説明されています。
この作品では、箏を象徴する音型を生む斗為巾が主要なモチーフとして扱われています。沢井箏曲院「斗為巾」作品資料(PDF)
斗為巾は古い絃名でありながら、現代箏曲においても音型や作品構成の着想源になっているのです。
沢井忠夫《Kのための斗為巾》
「斗為巾」という言葉を曲名で知った人もいるでしょう。
《Kのための斗為巾》は、沢井忠夫が1991年に作曲した箏合奏曲です。箏Ⅰ・箏Ⅱ・十七絃によって演奏され、斗為巾を中心に生まれる箏特有の音型が作品のモチーフになっています。
題名の「K」は、作品を委嘱した沢井可奈子を指すものとされています。
この題名は、単に古風な漢字を並べたものではありません。斗為巾という箏固有の仕組みと響きを、現代作品の音楽素材として捉え直した題名です。
多絃箏でも斗為巾と呼ぶのか
「斗・為・巾」は、基本的には十三絃箏の伝統的な絃名として理解すると分かりやすいでしょう。
十七絃箏などの多絃箏では、十三絃箏と同じ体系をそのまま延長すると、どの絃を指すのか分かりにくくなります。そのため、楽器や流派、楽譜の方式に応じて数字などによる表記が使われます。
十三絃箏の「一〜十・斗・為・巾」という呼称は、十三本という楽器の構成と長い歴史の中で定着した独自の体系です。
斗為巾を知ると箏の楽譜が見えてくる
斗為巾は、一見すると難解な専門用語です。しかし意味は、十三絃箏の最後の三本である「第十一絃・第十二絃・第十三絃」を表す名称です。
最後の三本だけ数字ではない背景には、かつて十三本すべてに固有の絃名があったこと、そして「十一」などの表記による混同を避ける必要があったことが関係していると伝えられています。
また、斗為巾は単に古い呼び名が残っているだけではありません。
- 箏の楽譜を正確に読む
- 調弦と音高の違いを理解する
- 巾柱など箏の構造を知る
- 「コロリン」のような箏らしい音型を理解する
- 現代箏曲の作品名や作曲意図を読み解く
こうしたさまざまな場面につながる、箏の基本用語です。
「一から十までは数字なのに、なぜその先が斗・為・巾なのか」という小さな疑問からは、箏の記譜法、楽器構造、古代から現代まで続く歴史が見えてきます。