玉川|歌詞の意味・国山勾当・六玉川の古歌を解説

「玉川」は、全国各地にある六か所の名所「玉川」を詠んだ古歌を引用し、四季の巡りに重ねて歌った地歌・箏曲です。
曲名は「たまがわ」と読みます。三絃作曲は国山勾当、作詞は穂積頼母によるもので、寛政期(1789~1801年)ごろ京都で活躍した盲人音楽家による本調子手事物とされています。三絃の替手は菊岡検校や石川勾当によるものが伝わり、箏の手付には大阪の市浦検校・菊原琴治、京都の富士谷御杖によるものなど、複数の系統が存在します。
「玉川」は、いわゆる「六玉川」――山城の井手、摂津、近江の野路、陸奥の野田、武蔵、高野という、和歌に詠まれた6か所の玉川――にまつわる古歌を織り込み、春夏秋冬の移ろいとともに描いた、教養豊かな曲です。
「玉川」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | 玉川 |
| 読み | たまがわ |
| 分類 | 地歌・箏曲、本調子手事物 |
| 作詞 | 穂積頼母 |
| 三絃作曲 | 国山勾当 |
| 三絃替手 | 菊岡検校/石川勾当(系統により異なる) |
| 箏手付 | 市浦検校(大阪)、菊原琴治(大阪)、富士谷御杖(京都)など複数系統 |
| 主な編成 | 歌・三絃、箏、尺八(三曲合奏で広く演奏される) |
| 三絃調弦 | 本調子 |
| 構成 | 前歌・手事・後歌 |
| 主題 | 六玉川(全国六か所の名所「玉川」)を詠んだ古歌と四季の移ろい |
三味線・箏曲に関する研究記事によれば、「玉川」は国山勾当作の本調子地歌で、三絃替手は菊岡検校・石川勾当、箏手付は市浦検校(大阪)、菊原琴治(大阪)、富士谷御杖(京都)と複数系統が伝わっており、作詞は穂積頼母、全国各地にある「玉川」にまつわる和歌を6首引用した詞章とされています。
「玉川」とは
「玉川」という川の名は、日本各地に古くから存在し、和歌に詠まれた名所として特に有名な6か所を「六玉川」と呼びます。山城国の井手、摂津国、近江国の野路、陸奥国の野田、武蔵国、高野山のふもとの6か所がそれにあたります。
この曲は、それぞれの玉川にまつわる古歌の情趣を踏まえながら、春から夏、秋、冬へと移りゆく四季の情景に重ねて構成されています。
同じ「六玉川」を題材にしながらも、富本節を山田流箏曲に移し替えた、初世中能島松声による同名異曲の「六玉川」も存在します。作曲者も系統も異なる別の曲ですので、あわせて演奏・鑑賞する際には区別が必要です。
玉川の歌詞
山城の 井手や見まじと 駒止めて、
なほ水かはん 山吹の、
花の露そふ 春も暮れ、夏来にけらし 見渡せば、
波の柵(しがらみ) かけてけり、
卯の花さける 津の国の里に、月日を送るまに、
いつしか秋に 近江なる、
野路には人の 明日もこん、
今を盛りの 萩越えて、
色なる浪に やどりにし、月のみ空の 冬ふかみ、
雪気(ゆきげ)もよほす 夕ざれば、
汐風越して 陸奥(みちのく)の、
野田に千鳥の 声淋し、ゆかし名だたる 武蔵野に晒す、
晒す手作り さらさらに、
昔の人の 恋しさも、
今はたそひて おく山の、
その流れをば 忘れても、
汲みやしつらん 旅人の、
高野の奥の 水までも、
名に流れたる 六つの玉川。
※本記事の歌詞は、地歌箏曲歌詞に関する公開資料に基づく形です。譜本により表記が異なる場合があります。
歌詞全体の意味
山城の井手の玉川は見まいと思いながらも、つい馬を止めてしまい、もう一度水を汲みたくなるほどです。山吹の花に露が結ぶ春も、いつしか暮れていきます。
夏が来たのだと見渡してみれば、波が柵のように寄せる様子が見えます。卯の花が咲く摂津の里で、月日を送るうちに、気づけば秋になり、近江の野路では、人がまた明日も訪れるだろうと思わせる、今を盛りの萩を通り過ぎ、色づいた波にその身をやどしています。
月だけが澄む冬の空も深まり、雪の気配が催す夕暮れどきになると、潮風が吹き越えて、陸奥の野田では千鳥の声が寂しく響きます。
床しくも名高い武蔵野で布をさらす様子、さらさらと、昔の人への恋しさも、今はいっそう深まって、奥山のその流れを忘れたとしても、旅人はきっと汲むことでしょう。高野の奥の水にまで、その名は流れ伝わる、六つの玉川なのです。
曲名「玉川」の意味
「玉川」は、日本各地に存在する川の名でありながら、和歌の世界では特に美しい水や情趣を象徴する名所として詠まれてきました。
なかでも山城の井手、摂津、近江の野路、陸奥の野田、武蔵、高野という6か所は「六玉川」と呼ばれ、古くから多くの歌人に詠まれてきた歌枕です。
曲名の「玉川」には、
- 六玉川それぞれにまつわる古歌の情趣
- 春夏秋冬の移ろいに重ねられた、旅の情景
- 水の流れに託された、昔への恋しさ
- 各地の名所を巡る、教養豊かな構成美
といった意味が重ねられています。
「山城の井手や見まじと駒止めてなほ水かはん山吹の花の露そふ春も暮れ」
冒頭は、山城国・井手の玉川から始まります。
「井手や見まじ」と、見まいと思いながらも、つい馬を止めてしまうという心の動きが歌われます。この一節は、藤原俊成の和歌「駒とめてなほ水かはん山吹の花の露そふ井手の玉川」を踏まえた表現です。井手は山吹の名所として知られ、山吹に結ぶ露のような美しい情景とともに、春が暮れていきます。
「夏来にけらし見渡せば波の柵かけてけり卯の花さける津の国の里に」
続いて、季節は夏に移り、摂津国の玉川が歌われます。
「夏来にけらし」は、夏が来たらしいという意味の古語的な表現です。波が柵のように寄せる情景と、卯の花が咲く摂津の里の様子が描かれ、季節の移ろいが自然に示されます。
「月日を送るまにいつしか秋に近江なる野路には人の明日もこん今を盛りの萩越えて色なる浪にやどりにし」
季節はさらに秋へと移り、近江国・野路の玉川が歌われます。
「野路には人の明日もこん」という一節は、また訪れる人があるだろうという意味で、萩の花が今を盛りと咲く情景とともに描かれます。色づいた紅葉のような波に身をやどすという表現には、秋の情趣が込められています。
「月のみ空の冬ふかみ雪気もよほす夕ざれば汐風越して陸奥の野田に千鳥の声淋し」
季節は冬に至り、陸奥国・野田の玉川が歌われます。
月だけが澄み渡る冬の空、雪の気配を感じさせる夕暮れ、そして潮風とともに聞こえる千鳥の寂しい声が、静かな冬の情景を描き出しています。
「ゆかし名だたる武蔵野に晒す晒す手作りさらさらに昔の人の恋しさも今はたそひておく山のその流れをば忘れても汲みやしつらん旅人の高野の奥の水までも名に流れたる六つの玉川」
結びでは、武蔵国の玉川と、高野山の玉川が続けて歌われます。
「武蔵野に晒す」は、拾遺集の和歌「玉川にさらす手づくりさらさらに昔の人の恋しきなぞや」を踏まえた表現で、布をさらす音の「さらさら」と、昔の人への恋しさが重ね合わされています。
最後は、高野の奥の水にまでその名が流れ伝わる、六つの玉川の由緒を歌い上げ、曲は結ばれます。
手事の特徴
「玉川」の手事は、尺八との掛け合いが聴きどころのひとつです。
三味線・箏曲の研究記事でも指摘されているとおり、箏の手付には大阪系(市浦検校、菊原琴治)と京都系(富士谷御杖)など複数の系統があり、尺八の手も、どの箏の手付と組み合わせるかによって掛け合いの妙が変わってきます。三曲合奏として演奏される機会の多い曲であり、箏と尺八の呼吸を合わせることが、この曲を魅力的に聴かせる鍵になります。
曲の構成
「玉川」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。
- 前歌
- 手事
- 後歌
六玉川それぞれの情景が、春・夏・秋・冬という四季の移ろいに沿って歌われ、間に手事を挟んで全体がひとつの流れとしてまとまっています。
前歌
前歌では、井手・摂津・近江野路・陸奥野田という四つの玉川が、春夏秋冬の順に歌われます。
手事
手事では、歌詞を離れて三絃・箏・尺八が器楽的に展開します。系統によって異なる箏の手付と、尺八との掛け合いが聴きどころです。
後歌
後歌では、武蔵の玉川と高野の玉川が歌われ、六つの玉川の名が高野の奥にまで流れ伝わる、というめでたい結びで曲を閉じます。
三絃の役割
三絃は本調子で、六玉川それぞれの古歌の情趣を、季節の移ろいに沿って端正に運びます。
替手には菊岡検校によるものと石川勾当によるものが伝わっており、演奏する系統によって、合奏の響きに違いが生まれます。
箏の役割
箏の手付には、大阪の市浦検校・菊原琴治によるものと、京都の富士谷御杖によるものなど、複数の系統が伝わっています。
同じ「玉川」でも、どの箏の手付を用いるかによって、旋律や尺八との掛け合いの表情が変わってくる点が、この曲の奥深さのひとつです。
尺八の役割
「玉川」は、尺八を加えた三曲合奏で盛んに演奏される曲です。
箏の手付が複数系統あるため、尺八の手もそれに応じて掛け合うように作られており、演奏する箏の系統に合わせて尺八も呼吸を合わせることが求められます。
演奏するときのポイント
六玉川それぞれの古歌の情趣を踏まえる
この曲は、井手・摂津・近江野路・陸奥野田・武蔵・高野という六つの玉川にまつわる古歌を踏まえた詞章です。それぞれの土地の和歌的な背景を知っておくと、演奏や鑑賞に深みが増します。
四季の移ろいを自然に描く
歌詞は春夏秋冬の順に季節が移っていく構成になっています。季節ごとの情景の変化を、無理なく自然に描くことが大切です。
箏の系統と尺八の掛け合いを確認する
箏の手付には複数の系統があるため、三曲合奏で演奏する際は、どの系統の手付を用いるかを事前に確認し、尺八との掛け合いを合わせておくことが望まれます。
結びの由緒あるめでたさを大切に
「名に流れたる六つの玉川」という結びは、六玉川の由緒を歌い上げるめでたい部分です。丁寧に、格調高く結びます。
「玉川」の聴きどころ
- 井手の玉川に重ねられた、藤原俊成の和歌の情趣
- 摂津・近江野路・陸奥野田と、四季の移ろいに沿って描かれる玉川の情景
- 武蔵野の玉川に重ねられた、拾遺集の和歌「さらす手づくり」
- 高野の奥にまで名が流れ伝わる、六玉川の由緒ある結び
- 大阪系・京都系と複数伝わる箏の手付の違い
- 箏の手付に応じて変化する、尺八との掛け合いの妙
- 菊岡検校・石川勾当による、二つの系統の三絃替手
- 三曲合奏として盛んに演奏される、合奏曲としての魅力
まとめ
「玉川」は、国山勾当作曲、穂積頼母作詞による地歌・箏曲の本調子手事物です。
山城の井手、摂津、近江の野路、陸奥の野田、武蔵、高野という「六玉川」にまつわる古歌を引用しながら、春夏秋冬の移ろいに重ねて歌われる、教養豊かな曲です。
箏の手付には大阪系・京都系など複数の系統が伝わり、尺八との掛け合いも系統によって異なるなど、三曲合奏曲としての奥深さを持つ点も、この曲の大きな特徴です。
演奏を聴く際は、六玉川それぞれの古歌の背景や、四季の移ろいの自然な描き方、そして箏と尺八の呼吸の合わせ方にも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。