曲目・歌詞解説

新浮舟|歌詞の意味・松浦検校・源氏物語の浮舟を解説

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「新浮舟」は、『源氏物語』宇治十帖の「浮舟」の巻を題材にした地歌箏曲です。

曲名は「しんうきふね」と読みます。三絃作曲は松浦検校箏手付八重崎検校、のちに富崎春昇が三絃の替手を付けました。作詞者は、資料により堂上方某とされます。同じ題材を持ちながら作曲者不明の箏組歌「浮舟」と区別するため、頭に「新」を冠して「新浮舟」と呼ばれます。薫大将と匂宮の間で心が揺れ動き、宇治川への入水を決意するものの、『源氏物語』本文では実際に川へ入った描写は明示されず、後に横川の僧都らに発見されて小野の山里で仏門に入るヒロイン・浮舟の心情を、簡潔な詞章にまとめた京流手事物です。

「新浮舟」は、松浦検校の作品の中でも、和歌の掛詞を多く用いた技巧的な歌詞と、宇治川の流れを描くとされる手事が聴きどころの曲です。手事のチラシの一部は「若菜」「里の暁」のチラシと合うともいわれ、京流手事物同士のつながりを感じさせる曲でもあります。

「新浮舟」の基本情報

項目内容
曲名新浮舟
読みしんうきふね
分類地歌・箏曲、京流手事物
作詞堂上方某とする資料あり
三絃作曲松浦検校
箏手付八重崎検校
三絃替手富崎春昇(後年付曲)
主な編成歌・三絃、箏、(尺八を加えた三曲合奏も行われる)
三絃調弦二上り
箏調弦平調子-半雲井調子-平調子
構成前歌・手事(本手事-チラシ)・後歌
主題源氏物語「浮舟」の巻、恋の板挟みと出家

日本伝統音楽情報サイト「JaMu」などの資料でも、「新浮舟」は松浦検校作曲、八重崎検校箏手付、富崎春昇三絃替手の手事物として整理されており、調弦は三絃が二上り、箏が平調子から半雲井調子を経て平調子に戻る形と紹介されています。

「新浮舟」とは

「新浮舟」は、『源氏物語』第五十一帖「浮舟」、宇治十帖の第七帖にあたる巻を題材にした曲です。

物語の筋をそのまま追うのではなく、ヒロイン・浮舟の心情を中心に、恋の思い出と苦悩、そして出家に至るまでの気持ちを凝縮して歌にしています。

同じ「浮舟」を題材にした曲として、作曲者不明の箏組歌「浮舟」がすでに存在していたため、この曲は区別のために「新」を冠して「新浮舟」と呼ばれるようになりました。

京都の松浦検校が手がけた京流手事物のひとつで、八重崎検校による箏の手付が加わり、合奏曲としての完成度を高めています。のちに地歌演奏家・富崎春昇が三絃の替手を作曲し、合奏の響きに厚みを加えました。

新浮舟の歌詞

まめ人の 心のかほり 忘れねど、
色香もあやに 咲く花の、
仇し匂ひに ほだされて、
つつましき名も たちばなや、
小島が崎に 誓ひてし、
その浮舟の 行方さへ、

いさ白波の 音すごき、
身も宇治川の 藻屑とは、
なりも果てなで 世の中の、
夢の渡りの 浮橋を、
たどりながらも 契りはあれど、
涼しき道に 入らんとて、
うつつにかへす 小野の山里。

※本記事の歌詞は、日本伝統音楽情報サイト「JaMu」などの資料に基づく形です。譜本や流派によって表記に違いがある場合があります。

歌詞全体の意味

薫大将の誠実な心づかいは、今も忘れたわけではありません。

けれども、色香匂うように華やかな匂宮の情熱にほだされて、人目を忍びながら橘の茂る小島で契りを交わしてしまいました。

その誓いも、浮舟のように寄る辺なく揺れる自分の身も、白波の音がすさまじく響く宇治川の彼方へ流されていくかのようです。

思いあまって宇治川への入水を決意します。ただし、『源氏物語』本文には実際に川へ入った描写は明示されません。後に横川の僧都らに発見された浮舟は、なお二人との縁を引きずりながら、夢の中で危うい浮橋を渡るような頼りない世をたどります。

それでも、心を静める道に入ろうと、小野の山里でひっそりと現実に立ち返ります。

過ぎ去った日々の激しい思いは、まるで昨日のことのように、今も胸に生々しくよみがえるのです。

曲名「新浮舟」の意味

「浮舟」は、水面に浮かぶ小舟のように、頼りなく揺れ動くヒロインの境遇を象徴した言葉です。

『源氏物語』では、浮舟は薫大将と匂宮という二人の男性の間で心が揺れ、宇治川への入水を決意します。本文では実際に川へ入った描写は明示されず、その後、横川の僧都らに発見され、出家してひっそりと生きることを選びます。

すでに同じ題材による箏組歌「浮舟」があったため、松浦検校が新たに作曲したこの手事物は、区別のために「新」を冠して「新浮舟」と呼ばれています。

曲名には、

  • 寄る辺なく漂う浮舟の心情
  • 二人の男性との間で揺れる恋の苦悩
  • 宇治川への入水を決意した切迫と、その後の発見・出家
  • 現実に立ち返り、出家を選ぶ静かな決意

といった意味が重ねられています。

「まめ人の心のかほり忘れねど」

冒頭では、浮舟が薫大将への思いをまだ忘れていないことが示されます。

「まめ人」は、忠実で誠実な人を意味する言葉で、ここでは薫大将を指しています。「心のかほり」という表現には、薫大将の誠実な人柄がにじみ出るような、静かで奥ゆかしい印象があります。

華やかな展開に入る前のこの一節は、浮舟の中にまだ残る、薫大将への変わらぬ思いを描いています。

「色香もあやに咲く花の仇し匂ひにほだされて」

続く一節では、匂宮の存在が「あやに咲く花」にたとえられます。

「色香」「匂ひ」という言葉は、いずれも匂宮の名にちなんだ表現で、華やかで移り気な魅力を暗示しています。「仇し」は、浮ついた、頼りにならないという意味を持つ言葉です。

浮舟は、その華やかで情熱的な魅力に「ほだされて」、つまり引き寄せられてしまいます。誠実な薫大将への思いを残しながらも、匂宮の熱情に心を動かされていく過程が、短い言葉の中に凝縮されています。

「つつましき名もたちばなや小島が崎に誓ひてし」

ここでは、浮舟と匂宮が人目を忍んで橘の茂る小島で愛を誓った場面が歌われます。

「つつましき名」は、人に知られてはならない、慎み深くあるべき名という意味です。それにもかかわらず、二人は「小島が崎」で愛を誓ってしまいます。

この一節は、『源氏物語』本文で浮舟が詠んだとされる和歌「橘の小島の色はかはらじをこのうき舟ぞゆくへ知られぬ」を踏まえた表現になっています。橘の緑が変わらないように相手の心も変わらないだろうが、自分の身は浮舟のようにどこへ流れていくかわからない、という浮舟自身の不安な心情が重ね合わされています。

「その浮舟の行方さへいさ白波の音すごき身も宇治川の藻屑とは」

続く一節では、誓いを交わした浮舟自身の「行方」さえも定まらないことが歌われます。

「いさ白波」は、「いさ知らず」という言葉と「白波」を掛けた表現で、行く末のわからなさと、宇治川に立つ荒々しい波の音を重ねています。

「藻屑となる」は、水に沈んで消えてしまうことを表す言葉です。ここでは、浮舟が宇治川への入水を決意する切迫した心情が描かれています。

「なりも果てなで世の中の夢の渡りの浮橋をたどりながらも契りはあれど」

この詞章では、浮舟が藻屑となるには至らなかったことが歌われます。ただし、『源氏物語』本文には実際に川へ入った描写は明示されません。

「なりも果てなで」は、藻屑となり果てず、という詞章上の表現です。浮舟が入水を決意した後も生きて発見される展開へつながります。

「夢の渡りの浮橋」は、『源氏物語』宇治十帖の最終巻「夢浮橋」を思わせる言葉です。夢の中で危うい浮橋を渡るように、頼りない世の中を生きてきた浮舟の姿が重ねられています。

それでも、薫大将や匂宮との「契り」、つまり二人との縁は、完全には断ち切れていないことも同時に示されています。

「涼しき道に入らんとてうつつにかへす小野の山里」

結びでは、浮舟が心を静める道、すなわち仏門に入ろうとする決意が歌われます。

「涼しき道」は、俗世の煩悩を離れた、清らかで静かな道、つまり出家の道を指す言葉です。

「うつつにかへす」は、夢のような日々から目覚め、現実に立ち返ることを意味します。「小野の山里」は、浮舟が身を寄せる、ひっそりとした山里の隠れ家です。

過ぎ去った日々の思いは、まるで昨日のことのように今も生々しく胸によみがえりながらも、浮舟は静かにその地で仏門に帰依しようとしています。

『源氏物語』「浮舟」の巻について

「浮舟」の巻は、『源氏物語』第三部、宇治十帖の中でも重要な場面のひとつです。

薫大将に見初められながらも宇治の山荘に置かれたままだった浮舟は、ある夜、薫を装って忍んできた匂宮に契りを結ばれてしまいます。以後、浮舟は誠実な薫大将と情熱的な匂宮との間で心を引き裂かれていきます。

二人との関係が薫に知られたことで追い詰められた浮舟は、宇治川への入水を決意します。ただし、本文には実際に川へ入る場面は明示されません。その後、横川の僧都らに発見され、出家して小野の山里でひっそりと暮らすようになります。

「新浮舟」は、この長い物語の展開を直接なぞるのではなく、浮舟自身の心情に焦点を当てて簡潔にまとめている点が特徴です。

手事の特徴

「新浮舟」は、前歌・手事・後歌からなる手事物で、手事は本手事とチラシから構成されています。

手事は宇治川の波の音を描写しているとも、宇治十帖最終巻「夢浮橋」にちなみ、夢の中で危うい浮橋を渡ろうとする様子を表しているとも言われます。

このチラシの一部は「若菜」「里の暁」のチラシと合うとされ、京流手事物同士の音楽的なつながりを感じさせる部分でもあります。

曲の構成

「新浮舟」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。

  1. 前歌
  2. 手事(本手事・チラシ)
  3. 後歌

具体的にどこまでが前歌でどこからが後歌にあたるかは、伝本によって扱いが異なる場合がありますが、一般的な手事物と同じく、物語の前半にあたる部分を前歌で歌い、間に器楽的な手事をはさんで、後半の後歌で結ぶという流れをとります。

前歌

前歌では、薫大将への変わらぬ思いを残しながらも、匂宮の華やかな魅力にほだされていく浮舟の心情が歌われます。橘の小島での誓いまでが、この部分にあたります。

手事(本手事・チラシ)

手事では、歌詞を離れて三絃と箏が器楽的に展開します。宇治川の波や、夢の中で浮橋を渡るような不安定な情景が音として表現されているとされます。

後歌

後歌では、横川の僧都らに発見された浮舟が、心を静める道、すなわち出家を選び、小野の山里で現実に立ち返る様子が歌われます。曲は、過ぎ去った日々への思いを胸に抱いたまま、静かに結ばれます。

三絃の役割

三絃は二上りの調弦で、和歌の掛詞を多く含む歌詞の言葉を、端正に運びます。

前歌では、薫大将への思いと匂宮への傾きという、揺れ動く心情の変化を、無理のない節回しで支えます。

手事では、宇治川の波を思わせる動きを担い、後歌に向けては、静けさの中にも過ぎ去った日々の余韻を残すような運びが求められます。

箏の役割

箏は八重崎検校の手付によるもので、平調子から半雲井調子を経て平調子に戻るという調弦の変化が特徴です。

半雲井調子への転調は、物語が緊張感を増す場面、たとえば宇治川への入水の決意を思わせる部分などで、曲想に陰影を加える役割を果たしていると考えられます。

平調子に戻る後半では、出家を選んだ浮舟の心の静けさに寄り添うように、落ち着いた響きを支えます。

尺八の役割

尺八を加えた三曲合奏では、尺八は宇治川の情景や、浮舟の揺れ動く心情に、息の線でやわらかな陰影を添えます。

手事では、三絃と箏の細やかな動きを覆わないよう、宇治川の波や夢の中の浮橋を思わせる息づかいで寄り添うことが大切です。

演奏するときのポイント

掛詞に込められた二重の意味を意識する

「いさ白波」「浮舟」など、この曲には和歌の掛詞が多く使われています。表面的な情景描写だけでなく、その奥にある浮舟の心情を意識して演奏すると、曲の深みが増します。

薫大将と匂宮、二人の存在の対比を描き分ける

前歌では、誠実な薫大将への思いと、華やかな匂宮への傾きという、対照的な二つの感情が短い言葉の中に凝縮されています。この対比を意識すると、浮舟の心の揺れが伝わりやすくなります。

手事で宇治川の緊張感を表現する

手事は、宇治川の波や、入水を決意する浮舟の切迫を思わせる緊張感を担う部分です。箏の半雲井調子への転調も生かしながら、曲想に陰影をつけます。

後歌の静けさを丁寧に

出家を選んだ後歌では、これまでの激しい心の動きとは対照的な、静かな諦念と余韻が求められます。平調子に戻る箏の響きとともに、落ち着いた運びを心がけます。

「新浮舟」の聴きどころ

  • 薫大将への思いを残しながら匂宮に心を寄せる、揺れ動く冒頭の心情
  • 「小島が崎」に込められた、源氏物語本文の和歌を踏まえた掛詞
  • 「いさ白波」「藻屑」に描かれる、宇治川への入水の決意を思わせる緊張感
  • 「夢の渡りの浮橋」に重ねられた、宇治十帖最終巻へのつながり
  • 横川の僧都らに発見された浮舟が、出家を選ぶ後歌の静けさ
  • 箏の平調子-半雲井調子-平調子という調弦の変化
  • 手事に描かれるとされる宇治川の波と、夢の中の浮橋
  • 「若菜」「里の暁」のチラシと合うとされる、京流手事物同士のつながり

まとめ

「新浮舟」は、松浦検校作曲、八重崎検校箏手付、のちに富崎春昇が三絃の替手を加えた地歌・箏曲です。

『源氏物語』宇治十帖「浮舟」の巻を題材に、薫大将と匂宮という二人の男性の間で心が揺れ動き、宇治川への入水を決意し、後に横川の僧都らに発見されて小野の山里で出家を選ぶ浮舟の心情を、簡潔な詞章にまとめています。『源氏物語』本文では、実際に川へ入った描写は明示されません。

同じ題材の箏組歌「浮舟」と区別するために「新」を冠した曲名や、和歌の掛詞を多く含む歌詞、宇治川の緊張感を描くとされる手事、そして箏の半雲井調子への転調など、京流手事物としての聴きどころが凝縮された曲です。

演奏を聴く際は、物語の展開だけでなく、掛詞に込められた二重の意味や、薫大将と匂宮という二人の存在の対比、そして最後に訪れる静けさにも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。