西行桜|歌詞の意味・菊崎検校・京都桜の名所巡りを解説

「西行桜」は、謡曲「西行桜」の一節を踏まえながら、京都・東山から嵐山までの桜の名所を歌い上げた地歌・箏曲です。
曲名は「さいぎょうざくら」と読みます。作詞は紣屋孫八(綿屋孫八とも)、三絃作曲は大坂の菊崎検校によるもので、箏の手付は京都の八重崎検校によるものがよく演奏されます。天明(1781~89年)頃以前には長歌物として作られましたが、寛政(1789~1801年)頃から手事物として扱われるようになり、その初期を代表する曲のひとつです。
「西行桜」は、「八重霞」「残月」とともに「シマ三つ物」、または「芸子三つ物」と呼ばれる、派手な手事物の代表格に数えられています。伝承によっては「八重霞」に代えて「越後獅子」を挙げる場合もあります。なお、「八重衣」は石川三つ物に数えられる曲で、シマ三つ物には含めません。
「西行桜」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | 西行桜 |
| 読み | さいぎょうざくら |
| 分類 | 地歌・箏曲、手事物(成立当初は長歌物)、シマ三つ物(芸子三つ物)の一つ |
| 作詞 | 紣屋孫八(綿屋孫八とも) |
| 三絃作曲 | 菊崎検校 |
| 箏手付 | 八重崎検校(京都系) |
| 主な編成 | 歌・三絃、箏 |
| 三絃調弦 | 本調子-二上り-三下り |
| 箏調弦 | 半雲井調子-平調子-中空調子 |
| 構成 | 手事は2か所にある |
| 主題 | 謡曲「西行桜」を踏まえた、京都・東山から嵐山までの桜の名所巡り |
コトバンクの解説によれば、「西行桜」は大坂の菊崎検校の作曲で、天明頃以前に長歌物として作られたのち、寛政頃から手事物として扱われるようになった、その初期を代表する曲のひとつとされています。歌詞は世阿弥作の謡曲「西行桜」のサシ・クセの部分をそのまま転用したもので、謡曲物としても分類されます。
「西行桜」とは
「西行桜」は、世阿弥作の能「西行桜」を題材にした曲です。
能「西行桜」は、桜の老木の精をシテ、西行法師をワキとして、西行と桜の精が花の美しさと仏心について問答するという物語です。地歌の「西行桜」は、この能の終わりのほうにあたるクセの部分――京都の桜の名所を次々と歌い上げる部分――を、そのまま歌詞として転用しています。
もとは長歌物として作られた曲でしたが、寛政の頃から手事物として扱われるようになり、派手な聴かせどころを持つ曲として発展しました。「八重霞」「残月」とともに「シマ三つ物」「芸子三つ物」と呼ばれ、いずれも華やかな手事物の代表曲とされています。伝承によっては「八重霞」の代わりに「越後獅子」を挙げます。
歌舞伎の下座音楽にも「西行桜合方」として取り入れられており、幅広い分野で親しまれてきた旋律でもあります。
西行桜の歌詞
九重に咲けども花の八重桜、幾代の春を重ぬらん。
然(しか)るに花の名高きは、先づ初花を急ぐなる、近衛(このゑ)殿の糸ざくら。
見渡せば柳桜をこきまぜて、都は春の錦燦爛(さんらん)たり。千本(ちもと)の桜を植ゑおき、その色を所の名に見する、千本(せんぼん)の花盛り、
雲路(うんろ)や雪に残るらん、毘沙門堂の花盛り、
四王天(しわうでん)の栄華も、是にはいかで勝るべき。上なる黒谷下河原、むかし遍照僧正の、浮世を厭(いと)ひし花頂山、
鷲の深山の花の色、枯れにし鶴の林まで、思ひ知られて哀れなり。清水寺の地主(ぢしゅ)の花、松吹く風の音羽山、
ここはまた嵐山、戸無瀬に落つる瀧津波までも、
花は大堰川(おほゐがは)、井堰(ゐぜき)に雪やかかるらん。
※本記事の歌詞は、地歌箏曲歌詞に関する公開資料に基づく形です。
歌詞全体の意味
宮中(九重)に咲く花は八重桜。この都で、いったい幾代の春を重ねてきたことでしょうか。
そのなかでも花の名高いのは、まっさきに初花を咲かせるという、近衛殿の糸桜です。見渡せば、柳と桜とが入り混じり、都はまさに春の錦をまとったように、燦然と輝いています。
千本もの桜を植えたことから、その色そのものが土地の名になったという、千本の花盛り。雲の彼方には、まだ雪が残っているのでしょうか。毘沙門堂の花盛りも見事で、四天王の栄華でさえ、これには到底かないません。
上のほうにある黒谷、下河原。むかし遍照僧正が俗世を厭って住んだという花頂山、鷲の深山の花の色、そして枯れてしまった鶴の林(涅槃の情景)にまで思いを馳せると、しみじみと哀れが感じられます。
清水寺の地主権現の花、松を吹く風が渡る音羽山。そしてここは嵐山、戸無瀬に流れ落ちる滝の飛沫までも。花は大堰川に映え、井堰には雪でもかかっているのでしょうか。
曲名「西行桜」の意味
「西行桜」は、平安末期から鎌倉初期の歌僧・西行法師にちなんだ曲名です。
もとになった能「西行桜」では、西行の庵にある桜の老木に精が宿り、西行と花の美しさ・仏心について問答を交わします。地歌の「西行桜」は、この能のクセの部分――京都の桜の名所を歌い上げる部分――をそのまま用いています。
曲名には、
- 西行法師と桜の精が交わした、能の物語世界
- 近衛殿の糸桜から嵐山まで、京都を彩る桜の名所巡り
- 遍照僧正の逸話にも重ねられた、無常観への哀れ
- 華やかさと、その奥にある仏教的な情趣
といった意味が重ねられています。
「九重に咲けども花の八重桜幾代の春を重ぬらん然るに花の名高きは先づ初花を急ぐなる近衛殿の糸ざくら」
冒頭では、宮中に咲く八重桜と、それに続く近衛殿の糸桜が歌われます。
「九重」は宮中を意味する言葉です。幾代にもわたって春を重ねてきた桜の歴史を踏まえながら、名高い花として、いち早く咲く近衛殿の糸桜が紹介されます。都全体が春の錦のように燦爛と輝く情景が描かれます。
「千本の桜を植ゑおきその色を所の名に見する千本の花盛り雲路や雪に残るらん毘沙門堂の花盛り四王天の栄華もこれにはいかで勝るべき」
続いて、京都の桜の名所「千本」と「毘沙門堂」が歌われます。
千本という地名の由来ともなった桜の花盛り、そして毘沙門堂の花盛りが、四天王の栄華にもまさるものとして讃えられます。
「上なる黒谷下河原むかし遍照僧正の浮世を厭ひし花頂山鷲の深山の花の色枯れにし鶴の林まで思ひ知られて哀れなり」
この一節では、黒谷・下河原、そして花頂山が歌われます。
遍照僧正(六歌仙のひとり)が俗世を厭って隠棲したという花頂山の逸話を踏まえながら、お釈迦様の入滅の情景とされる「鶴の林」(沙羅双樹が鶴のように白く枯れたという伝承)にまで思いを馳せ、無常観に基づく哀れが歌われます。
「清水寺の地主の花松吹く風の音羽山ここはまた嵐山戸無瀬に落つる瀧津波までも花は大堰川井堰に雪やかかるらん」
結びでは、清水寺の地主権現の桜、音羽山、そして嵐山・戸無瀬・大堰川へと、名所巡りは締めくくられます。
「花は大堰川、井堰に雪やかかるらん」という結びは、満開の桜が川面に映る様子を、雪が積もったかのようだと見立てた、華やかな締めくくりになっています。
手事の特徴
「西行桜」の手事は、曲中2か所に置かれています。
「シマ三つ物」「芸子三つ物」と呼ばれる派手な手事物の代表格として、技巧的で華やかな器楽的展開が特徴です。三絃は本調子から二上り、三下りへと転じ、箏も半雲井調子から平調子、中空調子へと変化する、変化に富んだ構成になっています。
三絃の役割
三絃は、本調子から二上り、三下りへと調弦を変えながら、京都の桜の名所を次々と描き出す、華やかな旋律を担います。
菊崎検校による旋律は、長歌物としての性格を残しながらも、寛政以降は手事物としての技巧性も兼ね備えた作りになっています。
箏の役割
箏の手付は、京都の八重崎検校によるものがよく演奏されます。半雲井調子から平調子、中空調子へと調弦が変化し、三絃の旋律に彩りを添えます。
演奏するときのポイント
京都の桜の名所を場面ごとに描き分ける
歌詞は、近衛殿の糸桜、千本、毘沙門堂、黒谷・下河原、花頂山、清水寺、音羽山、嵐山と、次々と名所が移り変わっていきます。それぞれの場所が持つ情趣を意識して演奏すると、名所巡りとしての趣が伝わりやすくなります。
華やかさと無常観、両方の表情を大切に
この曲は、シマ三つ物に数えられる派手な手事物である一方、遍照僧正や鶴の林の逸話には、無常観に基づくしみじみとした哀れも込められています。この両方の表情を描き分けることが大切です。
2か所の手事の役割の違いを意識する
手事が2か所に置かれている構成です。それぞれの手事が曲全体の中でどのような役割を果たしているかを意識しながら演奏すると、曲の構成美がより際立ちます。
「西行桜」の聴きどころ
- 能「西行桜」のクセの一節を踏まえた、由緒ある詞章
- 近衛殿の糸桜から嵐山まで、京都を彩る桜の名所巡り
- 遍照僧正・鶴の林の逸話に込められた、無常観への哀れ
- 「花は大堰川、井堰に雪やかかるらん」という、華やかな結び
- 本調子-二上り-三下りと変化する、三絃の調弦
- 「シマ三つ物」「芸子三つ物」に数えられる、派手な手事物としての性格
- 歌舞伎下座音楽「西行桜合方」としても親しまれてきた旋律
まとめ
「西行桜」は、菊崎検校作曲、八重崎検校箏手付による地歌・箏曲の手事物です。
世阿弥作の能「西行桜」のクセの一節を踏まえながら、近衛殿の糸桜から嵐山までの京都の桜の名所を次々と歌い上げ、遍照僧正や鶴の林の逸話には無常観への哀れも込められています。「八重霞」「残月」とともに「シマ三つ物」に数えられる、派手な手事物の代表曲です。
演奏を聴く際は、名所ごとに移りゆく情景の描き分けや、華やかさと無常観という二つの表情、そして2か所に置かれた手事の構成美にも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。