尾上の松|歌詞の意味・謡曲「高砂」の相生の松を解説

「尾上の松」は、謡曲「高砂」を踏まえ、播州加古川の尾上神社にある「相生の松」の長寿に、平和な御代の永続を重ねて祝った、地歌・箏曲の祝儀曲です。
曲名は「おのえのまつ」と読みます。作曲者・作詞者はともに不明で、もともとは九州に地歌三絃曲として伝承されていた曲です。大正8年(1919年)に宮城道雄が技巧的な箏の手を付け、翌大正9年(1920年)に川瀬里子の三絃とともに東京音楽学校で初演されて以来、三曲合奏でも広く親しまれるようになりました。
歌詞は謡曲「高砂」から引かれたもので、老いてなお仲睦まじい尉と姥(じょうとうば、高砂の松と住吉の松の精とされる老夫婦)の姿に、平和な御代が幾久しく続くことへの祈りが重ねられています。
「尾上の松」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | 尾上の松 |
| 読み | おのえのまつ |
| 分類 | 地歌・箏曲、本調子手事物、祝儀曲 |
| 作詞 | 不詳(謡曲「高砂」より引用) |
| 三絃作曲 | 不詳(九州に伝承されていた地歌) |
| 箏手付 | 宮城道雄(大正8年〈1919年〉) |
| 主な編成 | 歌・三絃、箏(三曲合奏でも演奏される) |
| 三絃調弦 | 本調子-三下り-本調子-二上り |
| 構成 | 前歌-前の手事(楽三段)-中歌-後の手事(神楽拍子:二段・チラシ)-後歌 |
| 初演 | 大正9年(1920年)、東京音楽学校にて(宮城道雄・箏、川瀬里子・三絃) |
| 主題 | 播州加古川・尾上神社の相生の松の長寿に、平和な御代の永続を重ねた祝儀曲 |
「尾上の松」は作詞・作曲者不詳の地歌で、九州に伝承されていました。大正8年(1919年)に宮城道雄が川瀬里子の三絃を聴いて箏の手を付け、翌年の作品発表会で披露したことで広く知られるようになりました。歌詞は謡曲「高砂」を踏まえ、播州加古川の尾上神社にある尾上の松の長寿にかけて、平和な御代の永続を願う祝儀曲です。
「尾上の松」とは
「尾上の松」は、謡曲「高砂」に登場する、老いてなお仲睦まじい尉(じょう、老翁)と姥(うば、老女)の姿を描いた曲です。
謡曲「高砂」では、高砂の松と住吉の松、離れた場所に生えながらも心を通わせる二本の松の精が、老夫婦の姿となって現れ、末永い夫婦の契りと、御代の永続を寿ぎます。地歌「尾上の松」は、この謡曲の詞章を踏まえながら、播州加古川にある尾上神社の松の長寿に、その祝意を重ねています。
もともとは九州で地歌三絃曲として伝承されていた曲で、作曲者・作詞者ともに分かっていません。大正8年に宮城道雄が技巧的な箏の手を付けたことをきっかけに、三曲合奏の曲として広く知られるようになりました。
尾上の松の歌詞
やらやら、めでたやめでたやと、うたひうちつれ尉と姥、その名も今に高砂の、尾上の松も年ふりて、老の波もよりくるや。この下かげの落葉かくなるまで、いのちながらへて、なほいつまでか、いきの松、千枝に栄えて色ふかみ、琴の音かよふ松の風、太平楽のしらべかな。
ゆたかにすめる日の本の、恵みは四方にてりわたる、神のをしへのあとたれて、つきじつきせぬ君が御代、万歳祝ふかみ神楽、にしみんの舞に八乙女の、袖ふる鈴やふりつづみ、
太鼓の音や笛の音も、手拍子そろへていさぎよや。あらおもしろやおもしろや。とざさぬ御代に相生の、松のみどりも春くれば、いまひとしほに色まされり、深く契りて千歳ふる、松の齢も今日よりは、君にひかれて萬代の、春にさかえん君が代は、万々歳と舞ひうたふ。
※本記事の歌詞は、尺八譜に掲載された詞章を底本としています。判読の難しい箇所は本記事冒頭の備考をご参照ください。譜本や流派によって表記が異なる場合もあります。
※「にしみんの舞に」の箇所は、資料によって「御神火(みしみん)の前に」とする表記もあります。本記事では底本の表記を残しています。
歌詞全体の意味
いやもう、めでたいことよ、めでたいことよと、声をそろえて歌う尉と姥。その名も今に伝わる高砂の、尾上の松も年を重ね、老いの波が寄せてくるようです。木陰に積もる落葉がこれほどになるまで命を長らえて、それでもなお、いったいいつまで生き続けるのだろうかと思わせる、この生きの松。幾千もの枝に栄えて色を深め、琴の音にも通う松風の音は、まさに太平楽の調べです。
豊かに治まるこの日の本、その恵みは四方にあまねく照り渡ります。神々の教えの跡を受け継ぎ、尽きることのない君が代を祝う神楽の場で、八乙女が袖を振り、鈴や鼓を鳴らします。
太鼓の音も笛の音も、手拍子とともに賑わい、ああ面白い、面白いことよ。とこしえに続くこの御代にふさわしく、相生の松の緑も、春が来ればいっそう色を増します。色深く、千年を経ていく松の齢のように、この日から君にひかれて、万代の春に栄えるこの君が代を、万々歳と祝って舞い歌うのです。
曲名「尾上の松」の意味
「尾上の松」は、播州加古川の尾上神社にある、長寿で知られる松の名です。
謡曲「高砂」に登場する、老いてなお睦まじい尉と姥――高砂と住吉、離れた地にありながら心通わせる相生の松の精――の物語を踏まえ、この尾上の松の長寿に、平和な御代がいつまでも続くようにという祈りが重ねられています。
曲名には、
- 播州加古川・尾上神社に伝わる、長寿の松への祝意
- 謡曲「高砂」に描かれる、尉と姥の仲睦まじい姿
- 離れていても心通わせる、相生の松の夫婦和合の象徴
- 幾久しく続く平和な御代への、祝儀の心
といった意味が重ねられています。
「やらやらめでたやめでたやとうたひうちつれ尉と姥その名も今に高砂の尾上の松も年ふりて」
冒頭では、謡曲「高砂」でおなじみの尉と姥が歌われます。
声をそろえてめでたさを歌う尉と姥の姿は、高砂の松の精として、老いてなお睦まじい夫婦愛の象徴です。その名にちなんで、尾上の松も長い年月を重ねてきた、という導入から曲は始まります。
「いのちながらへてなほいつまでかいきの松千枝に栄えて色ふかみ琴の音かよふ松の風太平楽のしらべかな」
続いて、松の長寿とめでたさが歌われます。
木陰に積もる落葉が幾重にもなるほど命を長らえながら、「いったいいつまで生き続けるのだろうか」と驚嘆させるほどの、この生きの松。幾千もの枝に栄えて色を深めていく緑、そして琴の音にも通う松風の響きが、太平楽(雅楽の曲名にちなむ、平和と繁栄を寿ぐ言葉)の調べにたとえられます。
「ゆたかにすめる日の本の恵みは四方にてりわたる神のをしへのあとたれてつきじつきせぬ君が御代万歳祝ふかみ神楽にしみんの舞に八乙女の袖ふる鈴やふりつづみ」
この一節では、平和に治まる日の本の恵みと、それを祝う神楽が歌われます。
神々の教えを受け継ぎながら、尽きることのない君が代の繁栄を祝う神楽と、八乙女が袖を振り鈴や鼓を鳴らす華やかな情景が描かれます。「にしみんの舞に」の箇所には異なる伝承・表記があるため、特定の舞の名称とは断定しません。
「太鼓の音や笛の音も手拍子そろへていさぎよやあらおもしろやおもしろやとこしへの御代に相生の松のみどりも春くれば」
結びに近い一節では、太鼓や笛の音とともに、祝いの場の賑わいが歌われます。
「あらおもしろやおもしろや」という感嘆の言葉には、めでたい席にふさわしい、はずむような喜びが込められています。とこしえに続く御代にふさわしく、相生の松の緑も、春が来るたびに色を増していきます。
「深く契りて千歳ふる松の齢も今日よりは君にひかれて萬代の春にさかえん君が代は万々歳と舞ひうたふ」
結びでは、千年を経る松の齢に、君が代の永遠の繁栄が重ねられます。
相生の松が深く契りを結んで千年を生きるように、今日という日から万代の春に栄えるであろう君が代を、「万々歳」と祝いながら舞い歌う、という言葉で曲は締めくくられます。
手事の特徴
「尾上の松」には、楽の手(がくのて、雅楽の旋律を取り入れた器楽部分)が三段にわたって置かれ、そのあとに神楽拍子とチラシが続きます。
雅楽の手を取り入れた構成は、この曲が神楽や祝いの席にふさわしい、格調高い祝儀曲であることを物語っています。大正8年に宮城道雄が付けた箏の手は、技巧的で演奏会向きの華やかな仕上がりになっています。
曲の構成
「尾上の松」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。
- 前歌(尉と姥・松の長寿)
- 前の手事(楽三段)
- 中歌(君が代と神楽の寿ぎ)
- 後の手事(神楽拍子:二段・チラシ)
- 後歌(相生の松と君が代の寿ぎ)
前歌
前歌では、謡曲「高砂」を踏まえた尉と姥の姿と、松の長寿がめでたく歌われます。
前の手事・中歌・後の手事
前の手事は「楽三段」とも呼ばれ、雅楽風の手を取り入れた三段からなります。その後、「豊かに澄める日の本の」から始まる中歌を経て、二段とチラシからなる後の手事「神楽拍子」へ進みます。
後歌
後歌では、相生の松の緑と、千年を経る松の齢に、君が代の永遠の繁栄が重ねられ、「万々歳」の言葉とともに曲は結ばれます。
三絃の役割
三絃は本調子で始まり、前の手事で三下り、中歌で本調子に戻り、後歌から二上りへと調弦を変えます。調弦の変化を伴いながら、尉と姥の睦まじさや松の長寿、御代の寿ぎを描き分けます。
もともと九州に伝承されていた地歌としての性格を残しながら、雅楽の手を取り入れた格調高い構成になっています。
箏の役割
箏の手付は宮城道雄によるもので、大正8年に付けられました。
三段の楽の手や神楽拍子、チラシに技巧的な彩りを加え、この曲を演奏会向きの華やかな作品へと押し上げた功績が知られています。
演奏するときのポイント
尉と姥の睦まじさを大切に
冒頭の尉と姥の姿は、この曲全体の基調となる、老いてなお睦まじい夫婦愛の象徴です。穏やかで温かみのある表現を心がけます。
雅楽の手を取り入れた格調を意識する
三段の楽の手や神楽拍子には、雅楽の旋律が取り入れられています。単なる技巧としてではなく、神楽や祝いの席にふさわしい格調を意識して演奏します。
結びの寿ぎを晴れやかに
結びの「万々歳と舞ひうたふ」は、この曲の祝意が最も高まる部分です。晴れやかに、力強く締めくくることが大切です。
「尾上の松」の聴きどころ
- 謡曲「高砂」を踏まえた、尉と姥の睦まじい冒頭
- 「なほいつまでか、いきの松」に込められた、松の長寿への驚嘆
- 神楽に舞う乙女たちの、鈴や鼓の賑わい
- 「あらおもしろやおもしろや」に込められた、はずむような祝いの喜び
- 相生の松の緑に重ねられた、夫婦和合と御代の永続
- 雅楽の手を取り入れた、三段の楽の手と神楽拍子
- 宮城道雄による、技巧的で演奏会向きの箏の手
- 「万々歳」と結ばれる、晴れやかで力強い結び
まとめ
「尾上の松」は、作曲者・作詞者不詳、宮城道雄箏手付による地歌・箏曲の本調子手事物です。
謡曲「高砂」を踏まえ、播州加古川・尾上神社の相生の松の長寿に、平和な御代が幾久しく続くことへの祈りを重ねた祝儀曲です。もとは九州に伝承されていた地歌でしたが、大正8年に宮城道雄が技巧的な箏の手を付けたことで、三曲合奏の演奏会でも親しまれる曲となりました。
演奏を聴く際は、尉と姥の睦まじい姿や、雅楽の手を取り入れた格調高い楽の手、そして「万々歳」と結ばれる晴れやかな祝意にも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。