狐会|歌詞の意味・岸野次郎三・狐の化身をめぐる芝居歌を解説

「狐会」は、狐の化身をめぐる別れを歌った、古い芝居歌系統の地歌・箏曲です。葛の葉狐・信太妻の伝説と関連づける解説もありますが、詞章がその物語を直接語ると断定はできません。
曲名は「こんかい」と読みますが、正しくは「こんくゎい」と訛って発音します。狐の鳴き声「コンコン」に当てた曲名で、別表記に「狐會」「吼噦」があります。元禄元年(1690年)ごろ、京都祇園の井筒屋の主人で歌舞伎の三味線方でもあった岸野次郎三が作曲し、多門庄左衛門が作詞した三下り端歌物・芝居歌物で、現存する芝居歌の中でも最も古い曲のひとつとされています。
「狐会」は、市浦検校・浦崎検校など多くの名手が箏の手を付けており、なかでも大正9年(1920年)に宮城道雄が技巧的な箏の手を付け直し、演奏会向きの華麗な作品へと生まれ変わらせたことで知られています。
「狐会」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | 狐会(狐會・吼噦) |
| 読み | こんかい(正しくは「こんくゎい」) |
| 分類 | 地歌・箏曲、三下り端歌物、芝居歌物 |
| 作詞 | 多門庄左衛門 |
| 三絃作曲 | 岸野次郎三(1660~1720) |
| 箏手付 | 市浦検校、浦崎検校、宮城道雄、富崎春昇など複数系統 |
| 主な編成 | 歌・三絃、箏 |
| 三絃調弦 | 三下り |
| 成立 | 元禄元年(1690年)ごろ |
| 主題 | 狐の化身をめぐる古い芝居歌。葛の葉・信太妻との関連説あり |
尺八修理工房幻海の楽曲解説によれば、「狐会」は地歌箏曲の三下り端唄物・芝居歌物で、1690年ごろ岸野次郎三が作曲し、多門庄左衛門が作詞したとされています。箏の手付けは市浦検校、浦崎検校、宮城道雄、富崎春昇など多くの名人が加えており、間奏に「南無阿弥陀仏」の合の手を夜中に3遍弾くと狐が現れるという言い伝えもあります。
「狐会」とは
「狐会」は、狐の化身が人の世界に現れ、やがて森へ帰る別れを描く古い芝居歌です。詞章の筋や登場人物の捉え方には、地域・伝承・譜本による違いがあります。
狐が人の姿で暮らし、正体を知られて森へ帰る筋は、葛の葉狐・信太妻の伝説を連想させます。このため両者を関連づける説や解説がありますが、「狐会」の詞章には安倍保名・童子丸・安倍晴明の名も、葛の葉が和歌を残す場面も直接は現れません。
詞章の解釈には複数の系統があります。母の病気を治すために招いた法師を狐の化身とする説明もあれば、母親を狐の化身と読み、正体を知られて別れる筋とする説明もあります。いずれか一つを確定した物語とはせず、狐の化身と人との別れをめぐる芝居歌として捉えるのが安全です。
狐の化身を扱う物語は、葛の葉伝説を題材にする浄瑠璃・歌舞伎「蘆屋道満大内鑑」や、狂言「釣狐」など、さまざまな芸能に見られます。ただし、それぞれの筋を「狐会」と同一視することはできません。
狐会の歌詞
痛はしや 母上は、
花の姿に 引きかへて、
萎(しお)るる露の 床の内、
智恵の鏡も かき曇る、
法師にまみえ 給ひつつ、
母を招けば 後(うしろ)見返りて、
さらばと言はぬ ばかりにて、
泣くより外の ことぞなき、
野越え山越え 里うち過ぎて、
来るは誰ゆゑ そさまゆゑ、
誰ゆゑ来るは 来るは誰ゆゑ そさまゆゑ。君恋し 寝ても覚めてもな 忘られぬ、
わが思ひ わが思ひ、
それをも見れば、
春の花散りて 秋の紅葉も色づく、
世の中は電光石火の 夢のうち、
捨てて願ひをさ 捨てて願ひをさ、
なむあみだぶつ なむあみだ。[間奏:南無阿弥陀仏の合の手]
君は帰るか 恨めしや、
いのうやれ わが住む森に帰らん、
勇みに勇みて帰らん、
わが思ふ わが思ふ 心の内は白菊、
岩隠れ蔦隠(つたがくれ)、
篠の細道 かき分け行けば、
虫の声々 面白や、
降り初(そ)むるやれ 降り初むる 降り初むる、
今朝だにも 今朝だにも、
所は跡も なかりけり、
西は田の畔(あぜ) 危ないさ、
谷峰しどろに 越え行く、
彼(あ)の山越えて 此(こ)の山越えて、
焦がれ焦がるる 憂き思ひ。
※本記事の歌詞は、尺八修理工房幻海の楽曲解説サイトに掲載された詞章に基づく一例です。地域・伝承・譜本によって語句や筋の捉え方に違いがあります。
歌詞全体の意味
いたわしいことに、母上は、美しい花のような姿からすっかり変わり果て、涙にくれて床に伏しています。智恵を映すはずの鏡も曇るほどに、心が乱れています。
招かれた法師の前に姿を見せながらも、いざ母が招かれると後ろを振り返り、別れの言葉も言えぬまま、ただ泣くばかりです。野を越え山を越え、里を通り過ぎながら、「誰のために来るのか、あなたのためです」と、繰り返し問いかけるように歌われます。
いとしいあなたが恋しく、寝ても覚めても忘れられないという、この思い。振り返ってみれば、春の花も散り、秋の紅葉も色づくように、この世は稲妻や火花のようにはかない夢のうちのこと。すべての願いを捨てて、南無阿弥陀仏と唱えます。
(間奏をはさんで)
あなたは帰ってしまうのですか、恨めしいことです。それでも、私の住む森へ、勇み立って帰っていきましょう。私の心の内は、白菊のように清らかです。岩陰や蔦の陰に隠れながら、篠竹の細い道をかき分けて行けば、虫の声々が趣深く聞こえてきます。
雨が降り始めた今朝でさえ、道の跡形もなくなってしまいました。西は危うい田んぼの畔、谷や峰を乱れながら越えて、あの山この山を越えていく、この身を焦がすような切ない思いです。
曲名「狐会」の意味
「狐会」は、狐の鳴き声「コンコン」に当てた曲名です。
正しくは「こんくゎい」と訛って発音し、これは古い言葉の名残とされています。漢字表記には「狐會」、あるいは狐の鳴き声を表す「吼噦」という珍しい表記も伝わっています。
曲名には、
- 狐の鳴き声に由来する、独特の響き
- 狐の化身が人里を離れ、森へ帰る古い芝居歌としての物語
- 複数の伝承に共通する、化身と人との切ない別れ
- 現存する芝居歌の中でも最古典とされる、由緒ある曲
といった意味が重ねられています。
「痛はしや母上は花の姿に引きかへて萎るる露の床の内」
冒頭では、病に伏す母の痛ましい姿が歌われます。
「花の姿に引きかへて」は、かつての美しい姿とは打って変わって、という意味です。涙に濡れて床に伏す様子が、しっとりとした情景として描かれます。
「法師にまみえ給ひつつ母を招けば後見返りてさらばと言はぬばかりにて泣くより外のことぞなき」
続いて、母の病を治そうと招かれた法師と、母とのやり取りが歌われます。
母を招くと、後ろを振り返りながらも、別れの言葉を口にすることができず、ただ泣くばかりという場面です。この後ろ姿には、単なる病の苦しみだけでなく、何か深い事情を抱えた者の切なさが漂います。
「野越え山越え里うち過ぎて来るは誰ゆゑそさまゆゑ」
この一節では、野や山、里を越えてやってくる、という道行きが歌われます。
「来るは誰ゆゑそさまゆゑ」は、誰のために来るのか、あなたのためです、という問答のような繰り返しの表現です。この繰り返しのリズムに、募る思いの強さが表れています。
「君恋し寝ても覚めてもな忘られぬわが思ひ」
続く一節では、いとしい相手への尽きない恋しさが歌われます。
寝ても覚めても忘れることのできない思いは、単なる病の場面から一転して、深い恋慕の情を歌う端歌らしい情感を帯びています。
「春の花散りて秋の紅葉も色づく世の中は電光石火の夢のうち捨てて願ひをさなむあみだぶつ」
ここでは、無常観を込めた一節が歌われます。
春に花が散り、秋に紅葉が色づくように、移ろいゆくこの世は、稲妻や火花のように儚い夢のようなものだとされます。すべての願いを捨てて南無阿弥陀仏と唱えるこの一節は、これから訪れる別れを予感させる、重要な転換点になっています。
「君は帰るか恨めしやわが住む森に帰らん」
間奏をはさんで後半に入ると、「あなたは帰ってしまうのですか」という恨めしさの声が歌われます。
「わが住む森に帰らん」という一節は、語り手を人里ではなく森に住む狐の化身と読む根拠になります。ここから、正体を明かして去る側の視点へ移るように聞こえますが、詞章全体の筋や視点には伝承による違いがあります。
「わが思ふ心の内は白菊岩隠れ蔦隠れ篠の細道かき分け行けば虫の声々面白や」
続いて、去っていく者の心情と、その道行きが歌われます。
「心の内は白菊」は、清らかな心を白菊の花にたとえた表現です。岩陰や蔦の陰に身を隠しながら、細い篠竹の道をかき分けて進む様子には、人里を離れ森へと帰っていく、狐としての姿が重ねられています。
「彼の山越えて此の山越えて焦がれ焦がるる憂き思ひ」
結びでは、山を越えて森へと帰っていく道行きの果てに、身を焦がすような切ない思いが歌われます。
別れの相手への思いを胸に抱えながら、それでも森へ帰ろうとする狐の化身の心が、この最後の一節に凝縮されています。相手を我が子とするか恋人とするかは、解釈によって異なります。
演奏するときのポイント
前半と後半、二つの視点の転換を意識する
前半は病に伏す母を気遣う場面として、後半は森へ帰っていく狐自身の心情の吐露として読むことができます。「君は帰るか」を境に視点が転換する構成を意識すると、物語の奥行きが伝わりやすくなります。
葛の葉伝説との関連を一つの解釈として捉える
葛の葉狐・信太妻の伝説と関連づける解説は、この曲を味わう一つの手掛かりです。ただし確定した題材とはせず、詞章に現れる病、別れ、無常観、森へ帰る狐の化身を丁寧にたどります。
南無阿弥陀仏の合の手の言い伝えに配慮する
間奏の「南無阿弥陀仏」の合の手を夜中に3遍弾くと狐が現れるという言い伝えがあり、山田流ではこの手を忌んで省略することもあります。演奏の場や流派の慣習に応じて、扱いを確認しておくとよいでしょう。
宮城道雄の技巧的な箏の手を生かす
大正9年に宮城道雄が付け直した箏の手は、技巧的で演奏会向きの華麗な仕上がりになっています。三絃と箏を合わせるのが難しい曲とされており、丁寧な息合わせが求められます。
「狐会」の聴きどころ
- 「こんくゎい」という、狐の鳴き声に由来する独特の曲名と発音
- 狐の化身をめぐる古い芝居歌と、葛の葉伝説に関連づける解釈
- 「捨てて願ひをさなむあみだぶつ」に込められた、無常観と別れの予感
- 「わが住む森に帰らん」で明かされる、正体と物語の転換
- 現存する芝居歌の中でも最古典とされる、曲の由緒
- 宮城道雄が手掛けた、技巧的で演奏会向きの箏の手
- 「夜中に3遍弾くと狐が現れる」という、南無阿弥陀仏の合の手にまつわる言い伝え
まとめ
「狐会」は、岸野次郎三作曲、多門庄左衛門作詞による地歌・箏曲の三下り端歌物・芝居歌物です。
狐の化身と人との切ない別れを歌った、現存する芝居歌の中でも古い曲の一つです。葛の葉狐・信太妻の伝説と関連づける説もありますが、歌詞がその物語を直接語るとは断定できません。市浦検校や浦崎検校など多くの名手が箏の手を付け、なかでも宮城道雄による技巧的な手付けは、この曲を演奏会向きの華麗な作品へと変貌させました。
演奏を聴く際は、前半と後半で視点が転換する物語の構成や、無常観を込めた一節、そして狐が森へ帰っていく道行きに込められた切なさにも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。