曲目・歌詞解説

萩の露|歌詞の意味・幾山検校・京流手事物最後の名曲を解説

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「萩の露」は、秋の風物に事寄せて、訪れの絶えた恋人を待ちわびる女心を歌った地歌箏曲です。

曲名は「はぎのつゆ」と読みます。作詞は霞紅園(川瀬霞紅園)、三絃作曲と箏手付はいずれも幾山検校自身によるものです。幾山検校は幕末から明治にかけて京都で活躍した生田流の演奏家・作曲家で、京風手事物を作曲した最後の検校ともいわれています。

「萩の露」は、幾山検校の芸術性が集大成された作品とされ、京流手事物の歴史における最後の名曲として位置づけられています。虫の音や砧(きぬた)の音を写し取った手事の描写と、秋の夜長に恋人を待つ女性の切ない心情が織り合わされた、しっとりとした曲です。

「萩の露」の基本情報

項目内容
曲名萩の露
読みはぎのつゆ
分類地歌・箏曲、京流(京風)手事物
作詞霞紅園(川瀬霞紅園)
三絃作曲幾山検校(1818~1890)
箏手付幾山検校(自作)
主な編成歌・三絃、箏
三絃調弦本調子三下り-本調子
箏調弦四上り半雲井調子-半雲井調子(最初から半雲井調子で演奏することもある)
構成前歌-手事(マクラ・手事・中チラシ本チラシ)-後歌
主題秋の情趣に事寄せた、訪れの絶えた恋人を待ちわびる女心

「萩の露」は京風手事物で、幾山検校作曲、霞紅園作詞。前歌の合の手は『笹の露』の合の手の一部と、本チラシは『磯千鳥』のチラシと合うように作られているとされています。三絃は本調子から三下りとなり再び本調子に戻り、箏は四上り半雲井調子から半雲井調子となる構成です。

「萩の露」とは

「萩の露」は、秋の風物――尾花(薄)、萩、葛の葉、松虫、砧の音、雁――を織り込みながら、訪れの絶えた恋人を待ちわびる女性の心情を歌った曲です。

作曲・箏手付を手がけた幾山検校は、江戸生まれながら京都で幕末から明治にかけて活躍し、京風手事物を作曲した最後の検校といわれています。『打盤』『横槌』のような、複数の楽器が掛け合う「打合せ物」の作曲に才能を発揮した人物でもあり、「萩の露」の合の手には、そうした技巧が生かされています。

明治初期という、地歌そのものが衰退に向かう時代に生まれたこの曲は、京流手事物の集大成であり、また地歌としての最後の曲のひとつともいわれています。

萩の露の歌詞

何時(いつ)しかも、招く尾花に袖触(ふ)れ初めて、我から濡れし露の萩。
今さら人は恨(うら)みねど、葛(くず)の葉風(はかぜ)にそよとだに、
音づれ絶えて松蟲の、ひとり音(ね)に鳴く侘(わ)びしさを、
夜半(よは)に砧の打ちそへて、いとど思ひを重ねよと、
月に声は冴えぬらん。

いざさらば、空ゆく雁に言問(ことと)はん。
恋しき方に玉章(たまづさ)を、送るよすがの有りやなしやと。

※本記事の歌詞は、今井通郎『生田山田両流箏唄全解』を底本とする公開詞章に基づく形です。

歌詞全体の意味

いつの間にか、招くように揺れる尾花に袖を触れさせてしまい、自分から求めて濡れてしまった、萩に置く露のようなこの身です。

今さら、去っていった人を恨むわけではありませんが、葛の葉が風に吹かれて裏返るように、そよとも便りがないまま、訪れは絶えてしまいました。松虫がひとり寂しく鳴くように、私も独りきりです。

夜更けに聞こえる砧を打つ音が、その寂しさにいっそう重なり、思いを募らせよとばかりに、月の下に冴え渡って聞こえてきます。

さあ、それならば、大空を渡っていく雁に尋ねてみましょう。恋しいあの方のもとへ、手紙を届けてくれる手立てがあるかどうかと。

曲名「萩の露」の意味

「萩の露」は、秋を代表する花である萩の葉に置く露を曲名にしたものです。

古今和歌集にも「萩の露玉にぬかむととれば消ぬよし見む人は枝ながら見よ」という和歌があるように、萩の露は、美しくもはかなく消えやすいものとして古くから詠まれてきました。

曲名には、

  • 萩に置く露のようにはかない、女性の切ない心情
  • 招くように揺れる尾花に、自ら心を寄せてしまった過去
  • 訪れの絶えた恋人を、なお待ちわびる思い
  • 秋の風物に重ねられた、待つ女性の孤独

といった意味が重ねられています。

「何時しかも招く尾花に袖触れ初めて我から濡れし露の萩」

冒頭では、いつの間にか始まった恋の経緯が振り返られます。

「招く尾花」は、風になびく尾花(薄)の穂を、人を招く手にたとえた古典的な表現です。自分から求めるようにその招きに応じてしまい、萩に置く露のように、涙で濡れる身となってしまったことが歌われます。

「今さら人は恨みねど葛の葉風にそよとだに音づれ絶えて松蟲のひとり音に鳴く侘びしさを」

続く一節では、去っていった相手への複雑な心情が歌われます。

「葛の葉風にそよとだに」は、葛の葉が風に吹かれて裏を見せる様子を、心変わりや便りの絶えたことにたとえた表現です。今さら恨むつもりはないと言いながらも、松虫がひとり寂しく鳴く声に、自分自身の孤独を重ねています。

「夜半に砧の打ちそへていとど思ひを重ねよと月に声は冴えぬらん」

この一節では、夜更けに聞こえる砧の音が歌われます。

砧は、布を打って柔らかくする道具で、その音は古くから秋の夜長の寂しさを象徴する音として和歌に詠まれてきました。月の下に冴え渡って響くこの音が、いっそう思いを募らせるようにと、女性の心をかき乱します。

「いざさらば空ゆく雁に言問はん恋しき方に玉章を送るよすがの有りやなしやと」

結びでは、空を渡る雁に呼びかける場面が歌われます。

雁は、古くから恋文を運ぶ使いにたとえられてきた鳥です。恋しい相手のもとへ手紙を届ける手立てがあるかどうか、雁に尋ねてみようという、切ない願いで曲は結ばれます。

手事の特徴

「萩の露」の手事は、マクラ・手事・中チラシ・本チラシという段階を踏んで展開します。

打合せ物の作曲を得意とした幾山検校らしく、虫の音や砧の音を描写した精緻な音づかいが特徴です。前歌の合の手は『笹の露』の合の手の一部と、本チラシは『磯千鳥』のチラシと合うように作られており、京流手事物同士のつながりを感じさせる部分でもあります。

曲の構成

「萩の露」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。

  1. 前歌
  2. 手事(マクラ・手事・中チラシ・本チラシ)
  3. 後歌

前歌

前歌では、尾花に招かれるように始まった恋と、その相手への複雑な思いが歌われます。合の手には砧の描写が織り込まれています。

手事

手事は、マクラから始まり、本手事、中チラシ、本チラシへと展開します。虫の音や砧の音を写し取った、技巧的な聴かせどころです。

後歌

後歌では、空を渡る雁に手紙を託そうとする、切ない願いが歌われ、曲は結ばれます。

三絃の役割

三絃は本調子で始まり、三下りに転じたのち、再び本調子に戻ります。

幾山検校自身の作曲による旋律は、待つ女性の心情の揺れを、丁寧な節回しで描き出します。

箏の役割

箏の手付も幾山検校自身によるもので、四上り半雲井調子から半雲井調子へと調弦が変化します。最初から半雲井調子で演奏される場合もあります。

三絃・箏ともに自らの手で作曲したことにより、両者の呼吸が緊密に一致し、合奏音楽としての完成度の高さにつながっています。

演奏するときのポイント

秋の風物に重ねられた心情の変化を丁寧に

尾花、葛の葉、松虫、砧、雁と、秋の風物が次々と現れる詞章です。それぞれの風物に重ねられた女性の心情の変化を、丁寧に描き分けることが大切です。

虫の音・砧の音の描写を生かす

手事には、虫の音や砧の音を写し取った音づかいが施されています。単なる技巧としてではなく、秋の夜長の寂しさを表す音として演奏することが求められます。

京流手事物最後の名曲としての格調を大切に

「萩の露」は、京流手事物の集大成ともいわれる曲です。他の京流手事物との合の手の共通点も意識しながら、格調高く演奏することが望まれます。

「萩の露」の聴きどころ

  • 「招く尾花」に重ねられた、恋の始まりの回想
  • 「葛の葉風にそよとだに」に込められた、心変わりへの複雑な思い
  • 松虫の孤独な声に重ねられた、待つ女性自身の寂しさ
  • 夜半の砧の音が思いを募らせる、情感豊かな一節
  • 雁に手紙を託そうとする、切なく美しい結び
  • 『笹の露』『磯千鳥』と合の手・チラシがつながる、京流手事物同士の関係
  • 三絃・箏ともに幾山検校自身が手掛けた、緊密な合奏
  • 京流手事物の歴史を締めくくる、最後の名曲としての位置づけ

まとめ

「萩の露」は、幾山検校が三絃・箏手付ともに自ら手がけ、霞紅園が作詞した地歌・箏曲の京流手事物です。

秋の風物に事寄せて、訪れの絶えた恋人を待ちわびる女心を歌い、京流手事物の歴史を締めくくる最後の名曲として位置づけられています。虫の音や砧の音を写し取った精緻な手事、そして雁に手紙を託そうとする切ない結びが、この曲の大きな魅力です。

演奏を聴く際は、秋の風物に重ねられた女性の心情の移ろいや、他の京流手事物とのつながり、そして京流手事物最後の名曲としての格調にも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。