地歌・箏曲 / 歴史・人物

検校

読み:けんぎょう

検校は、江戸時代の盲人組織である当道座における最高位の官位です。検校の下には別当、勾当、座頭などの位があり、当道座に属する人々は音楽、鍼灸、按摩などの職業に従事しました。

地歌・箏曲の歴史では、八橋検校、生田検校、山田検校、光崎検校、吉沢検校など、多くの音楽家が検校の称号で知られています。このため「検校」は個人名の一部のように見えますが、本来は当道座の官位です。

検校に昇進するには、芸の修練だけでなく、座内の制度に従った手続きや費用が必要でした。検校たちは演奏・作曲・教授を通じて地歌と箏曲の発展に大きな役割を果たしました。

当道座は明治4年(1871年)に廃止され、官位制度も終わりました。現在、歴史上の音楽家を説明するときは、称号であることを踏まえて表記する必要があります。