地歌・箏曲 / 歴史・人物

藤永検校

読み:ふじながけんぎょう

藤永検校(ふじながけんぎょう)は、江戸時代中期に大坂で活躍した地歌の演奏家です。生没年は明らかになっていません。都名を城和といい、岡崎検校に学び、1757年に検校へ登官したとされています。

主な功績・代表曲

藤永検校の代表的な功績として、「八千代獅子」を三味線曲へ移したことが挙げられます。

「八千代獅子」は尺八系の音楽に由来するとされ、楽器や演奏者を通じて形を変えながら、地歌・箏曲のレパートリーとして定着しました。現在では三味線、箏、尺八などによる三曲合奏でも広く演奏されています。

このほか、「松尽し」の作曲者としても知られています。

人物にまつわる逸話

楽器を越えて伝わった「八千代獅子」

伝承によると、「八千代獅子」は、もとは尺八で奏されていた曲を政島検校が胡弓へ移し、さらに藤永検校が三味線曲として編曲したといわれています。

その後、箏の旋律も加えられ、現在では複数の和楽器による合奏曲として演奏されるようになりました。

一つの曲が尺八、胡弓、三味線、箏へと受け継がれていった経緯は、江戸時代の音楽家が楽器の枠を越えて旋律を伝え、発展させていたことを示す興味深いエピソードです。