吾妻獅子|歌詞の意味・峰崎勾当・在原業平の東下りを解説

「吾妻獅子」は、伊勢物語の在原業平の「東下り」になぞらえた、地歌・箏曲の獅子物です。
曲名は「あづまじし」と読み、「東獅子」とも書きます。寛政9年(1797年)、峰崎勾当が三絃を作曲し、丁々(長堀丁々)が作詞した本調子手事物です。三絃の替手は石川勾当が作曲し、箏の手付は京都では浦崎検校によるものが伝わっています。粋がった男が業平気分で江戸に下り、吉原の遊女と馴染みになって恋に落ち、別れの朝に扇をかざして獅子舞を舞う、という趣向の詞章です。
「吾妻獅子」は、手事物の確立者ともいわれる峰崎勾当の代表作のひとつで、地歌を代表する獅子物の一つです。同じ峰崎勾当作曲の獅子物「越後獅子」とともに、華やかな手事が知られています。獅子の狂いの乱れに恋の乱れを重ねる趣向が、この曲の大きな特徴になっています。
「吾妻獅子」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | 吾妻獅子(東獅子) |
| 読み | あづまじし |
| 分類 | 地歌・箏曲、本調子手事物、獅子物 |
| 作詞 | 丁々(長堀丁々) |
| 三絃作曲 | 峰崎勾当 |
| 三絃替手 | 石川勾当(三下り) |
| 箏手付 | 浦崎検校(京都系の伝承) |
| 主な編成 | 歌・三絃、箏 |
| 三絃調弦 | 本調子-二上り |
| 箏調弦 | 流派により異なる(関西系は低平調子、山田流は半雲井調子で始める) |
| 構成 | 前歌・手事・後歌 |
| 主題 | 在原業平の東下りになぞらえた恋模様と、正月の獅子舞 |
コトバンクの解説によれば、「吾妻獅子」は寛政9年に峰崎勾当が作曲した地歌三絃本調子手事物で、作詞は丁々と伝えられています。石川勾当作曲の三下りの替手もあり、箏は京都では浦崎検校の手付と伝えられ、調弦は地域・流派により異なるとされています。なお『歌系図』に収録された同名の別曲もあり、それと区別するため峰崎勾当のこの曲を「新吾妻獅子」と呼ぶこともあります。
「吾妻獅子」とは
「吾妻獅子」は、『伊勢物語』で知られる在原業平の「東下り」を歌い出しに用いた曲です。
業平が都を離れ東国へ下る有名な旅路になぞらえながらも、詞章全体で歌われるのは、実際には江戸・吉原へ「下った」粋な男と、馴染みの遊女との恋模様です。後半で獅子舞が歌われることからこの曲名がついていますが、全体としては男女の情を描いた曲であり、他の三味線音楽の「獅子物」とは趣がやや異なるとされています。
峰崎勾当は、手事物という形式を確立した作曲家のひとりともいわれ、この「吾妻獅子」は「手事物」がまだ独立して間もない初期の作品にあたり、地歌の獅子物を代表する曲のひとつに数えられています。
吾妻獅子の歌詞
昔より 言い慣はせし 東下りの まめ男、
慕ふ旅路や 松が枝の、
富士の高嶺に 白妙の、
花の姿に 吉原訛り、君が身に添ふ 牡丹に馴れて、
おのが富貴の 花とのみ、
弥猛心(やたけごころ)も 憎からず、
思ひ思ふ 千代までも、情にかざす 後朝(きぬぎぬ)に、
糸竹(しちく)の心 乱れ髪、
うたふ恋路や 露そふ春も、呉竹(くれたけ)の かざす扇に うつす曲、
花やかに 乱れ乱るる 妹背の道も、
獅子の遊びて 幾千代までも、
変はらぬ色や 目出度けれ。
※本記事の歌詞は、今井通郎『生田山田両流箏唄全解』を底本とする公開詞章、および複数の楽曲解説サイトの記載に基づく形です。
歌詞全体の意味
昔からよく言い習わされてきた、東下りの旅をする誠実な男――その男が慕う旅路は、松の枝ぶりも美しい富士の高嶺、その白雪をいただく姿もさながら、吉原の言葉づかいに似ています。
あなたに寄り添ううちに、牡丹の花のような華やかさに馴染んでしまい、それを自分自身の富貴の証のように思うようになりました。逸る心も、決して憎らしいものではなく、いつまでも変わらぬ思いを抱き続けたいと願っています。
情を込めてかざす後朝の別れには、三味線や笛の音にも乱れ髪のような心の乱れが重なります。この恋の道を歌にすれば、露に濡れる春の情趣にも似ています。
呉竹でできた扇をかざして舞う曲には、華やかに乱れる男女の仲までもが映し出されます。獅子の戯れのように、幾千代にもわたって変わらぬこの華やかさは、まことにめでたいことです。
曲名「吾妻獅子」の意味
「吾妻」は東国、とりわけ江戸を指す言葉で、在原業平の「東下り」を踏まえた曲名です。
「獅子」は、曲の後半で歌われる正月の獅子舞に由来します。獅子が勇ましく飛び跳ねる「獅子の狂い」に、男女の恋の乱れを重ねる趣向が、この曲名に込められています。
曲名には、
- 在原業平の東下りになぞらえた、粋な男の道行き
- 実際には吉原へ通う恋の道行きという、風流な見立て
- 正月の獅子舞に重ねられた、恋の乱れと華やぎ
- 幾千代までも変わらぬことを祝う、めでたい結び
といった意味が重ねられています。
「昔より言い慣はせし東下りのまめ男」
冒頭では、在原業平の「東下り」が引き合いに出されます。
「まめ男」は、誠実な男という意味の言葉です。ここでは、業平になぞらえた粋な男を指しています。古くからの言い習わしとして東下りの物語を引きながら、これから語られる男の恋物語への導入としています。
「慕ふ旅路や松が枝の富士の高嶺に白妙の花の姿に吉原訛り」
続く一節では、男の「旅路」が富士山の情景に重ねて描かれます。
しかし、末尾の「吉原訛り」という言葉によって、この旅路が実は東国の富士ではなく、江戸の遊里・吉原への道行きであることが明かされます。業平の風雅な旅路を装いながら、実際には色恋の道行きだという、洒落た見立てになっています。
「君が身に添ふ牡丹に馴れておのが富貴の花とのみ」
ここでは、男が馴染みの遊女に心を寄せていく様子が歌われます。
「牡丹」は、華やかで富貴の象徴とされる花です。遊女の華やかさに馴染むうちに、男はそれを自分自身の富貴の証であるかのように思い込んでいきます。
「弥猛心も憎からず思ひ思ふ千代までも」
「弥猛心」は、逸る心、勇み立つ心を意味する言葉で、獅子の勇ましさにも通じる表現です。
そうした逸る恋心も憎らしいものではなく、いつまでも変わらぬ思いを抱き続けたいという、男の願いが歌われています。
「情にかざす後朝に糸竹の心乱れ髪」
「後朝」は、一夜を共にした男女が別れる翌朝を意味する言葉です。
別れの朝の情感を、三味線や笛(糸竹)の音色や、乱れた髪に重ねて描いています。恋の余韻と切なさが、音楽的な表現とともに歌われる一節です。
「うたふ恋路や露そふ春も呉竹のかざす扇にうつす曲」
この恋の道行きを歌にすると、露に濡れる春の情趣にも似ている、と歌われます。
続けて、呉竹でできた扇をかざして舞う曲に、この恋の情景が映し出される様子が描かれます。この一節は、後半の獅子舞の場面へとつながっていきます。
「花やかに乱れ乱るる妹背の道も獅子の遊びて幾千代までも変はらぬ色や目出度けれ」
結びでは、男女の仲の華やかな乱れが、獅子の戯れに重ね合わされます。
「妹背」は、夫婦や恋人同士を意味する言葉です。獅子が勇ましく舞い遊ぶように、この恋の道行きも幾千代にもわたって変わらぬことを祝い、めでたく曲を結びます。
手事の特徴
「吾妻獅子」の手事は、獅子物らしい華やかな器楽的展開が特徴です。
峰崎勾当の獅子物「越後獅子」の三段の手事とともに、華やかな器楽展開が知られています。「残月」にも五段の手事がありますが、残月は獅子物ではありません。「吾妻獅子」の手事の一部は、三段獅子の手事1・2段と打ち合わせて演奏することも可能とされ、獅子物同士のつながりが感じられる部分でもあります。
曲の構成
「吾妻獅子」は、大きく次のように捉えると分かりやすい曲です。
- 前歌
- 手事
- 後歌
前歌
前歌では、在原業平の東下りになぞらえながら、実は吉原へ通う男の恋物語であることが明かされ、遊女への思いが募っていく様子が歌われます。
手事
手事では、歌詞を離れて三絃と箏が器楽的に展開します。獅子の勇壮な動きと、恋の乱れを重ね合わせた、華やかな聴かせどころです。
後歌
後歌では、後朝の別れの情感を経て、扇をかざして舞う獅子舞の場面が歌われ、幾千代も変わらぬめでたさを祝って曲は結ばれます。
三絃の役割
三絃は本調子で始まり、途中で二上りに転じます。峰崎勾当が手がけた旋律は、前歌では粋な男の語り口を、手事では獅子の勇壮さと恋の乱れを表現します。
石川勾当による三下りの替手を合わせると、主旋律とは異なる角度から曲に厚みが加わります。
箏の役割
箏の手付は、京都では浦崎検校によるものが伝わっています。調弦は流派によって異なり、関西系では低平調子、山田流では半雲井調子で始めるとされ、同じ曲でも流派ごとに響きの表情が変わる点が特徴です。
演奏するときのポイント
業平の風雅と吉原の色恋、二重の見立てを意識する
冒頭は富士山の風雅な旅路のように歌われながら、実際には吉原への道行きを指しています。この二重の見立てを意識して演奏すると、曲の洒落た趣向が伝わりやすくなります。
獅子の勇壮さと恋の乱れを重ねる
手事では、獅子の狂いの勇ましさと、恋の乱れという二つの要素が重ね合わされています。単なる器楽的な技巧としてではなく、この重なりを意識すると曲の性格がよく表れます。
後朝の情感を丁寧に
「情にかざす後朝に」の一節は、恋の余韻と切なさを描く、曲の中でも情感豊かな部分です。急がずに、丁寧に運びます。
結びのめでたさを大切に
「幾千代までも変はらぬ色や目出度けれ」という結びは、獅子舞にふさわしい祝意を込めて、明るく力強く終えることが大切です。
「吾妻獅子」の聴きどころ
- 在原業平の東下りを装いながら、実は吉原への道行きだと明かす、洒落た冒頭の見立て
- 「牡丹」に重ねられた、遊女の華やかさへの傾倒
- 「後朝」に描かれる、別れの朝の情感と音楽的表現
- 獅子の勇壮さと恋の乱れを重ねた、手事の華やかな展開
- 石川勾当による三下りの替手が加わる、重層的な合奏
- 京都・浦崎検校の箏の手と、流派によって異なる箏の調弦
- 「幾千代までも変はらぬ色や目出度けれ」という、獅子舞らしいめでたい結び
- 峰崎勾当の獅子物「越後獅子」とのつながりと、華やかな手事
まとめ
「吾妻獅子」は、峰崎勾当作曲、丁々作詞による地歌・箏曲の獅子物です。
在原業平の東下りになぞらえながら、実際には江戸・吉原へ通う粋な男と馴染みの遊女との恋模様を描き、後半では正月の獅子舞に恋の乱れを重ねて、幾千代も変わらぬめでたさを祝って結ばれます。
石川勾当による三味線の替手や、京都・浦崎検校による箏の手付、そして流派によって異なる調弦など、獅子物としての聴きどころが凝縮された曲です。
演奏を聴く際は、業平の風雅と吉原の色恋という二重の見立てや、獅子の勇壮さと恋の乱れの重なり、そして結びに込められためでたさにも耳を傾けると、曲の魅力がより深く味わえます。